カルチャー
二十歳のとき、何をしていたか?/加藤シゲアキ
2025年3月11日
photo: Takeshi Abe
styling: Yukihiro Yoshida
hair & make: KEIKO (HM)
text: Neo Iida
2025年4月 936号初出
本当の自分と求められる自分。
アイドルという存在に苦悩しながら、
自ら掴んだ〝書き続ける作家〟の肩書。
青学のキャンパスで育んだ、
芸能生活と学生生活。
正門をくぐるとイチョウ並木が道沿いに延び、厳かな佇まいの校舎が立ち並ぶ青山学院大学青山キャンパス。“青学”の名前で知られる名門校は、駅前の喧騒を離れて宮益坂をのぼりきった、青山通り沿いにどっしりと位置している。
「中学、高校はこの青山キャンパスに通って、大学1〜2年生の間は相模原キャンパスに。まさに二十歳の頃、3年生でここに戻ってきた感じです」
学び舎を歩きながら、加藤シゲアキさんは当時をそう振り返る。小学校で受験を決めるも、小6で芸能事務所のオーディションに合格。芸能活動ができる学校を、と青学を選んだ。小学生なりに青学には華やかなイメージを持っていたし、「通ってみて合わなければ高校で受験をすればいいかなと思って」と判断。聡明な小学生だったと見受けられるが、当時から書くことが好きな少年だったのだろうか。
「いや全然! 書くのは好きでしたけど、成績は良くなくて。特に受験の国語は文章の意図を短くまとめる能力が必要だと思うんですけど、僕は考え過ぎちゃって試験終了時間に間に合わないんですよ。登場人物の気持ちを『悲しい』の一言で表せるのか? と思うと解答欄に書き切れなくて。完全に理系にシフトしました」
青山学院中等部に合格するのとほぼ同時期に芸能活動がスタート。華々しい日々を送りながらも、加藤さんは毎日電車で渋谷に通い、放課後は友達とボウリングやカラオケに出かける、ごく普通のスクールライフを謳歌した。高校3年生になると、進むべき学部を考え始めた。
「理系の学部と芸能の仕事を両立するのは難しいだろうと思い、法学部に行くことにしました。苦手な小論文を書くために、定型を学ぼうと『国語表現』という授業を選んだら、自由創作中心の小説やエッセイ、個人の表現を楽しむ内容で。楽しまないと退屈だな、くらいに思ったら、結果的にものすごく勉強になったんです」
小論文を書き上げ法学部に進んだ加藤さんは、前述のとおり相模原キャンパスへ。芸能人の大学生活ってどんな感じ? と聞いてみると「真面目に通ってましたよ。だって3年生が終わるまでにほぼフル単取ってましたから」と衝撃発言。授業のある日は早起きして学校へ行き、授業後に仕事に向かったという。そういえば、大学には受験を経て進学した学生も多いはず。校内で騒がれることもあったのでは?
「たまに、くらいです(笑)。僕の周りには中高から知ってる人たちが多かったし、居心地は良かったです。学校行って、授業受けて、お昼を食べて、という感じ。学食でよく頼んでたのは肉うどんか油そば。あと『青山物語』とか『表参道』っていう名前の定食があったんですよ。チキンカツとか生姜焼きとかの、洋食っぽい感じだった気がする。それがいちばん高くて500円くらい。本当に普通の学生でした」
小論文のために学んだ書く技術が、徐々に仕事に繋がり始めたのもこの頃だ。
「ちょうどその頃、会社でブログが始まったんです。僕を猫の視点で客観視しながら自虐的に書く『吾輩はシゲである』というエッセイを始めたら面白がってもらえて。身近な人以外に見せた初めての文章でしたけど、褒められたことが僕にとってすごく大きかったと思います。それからコラムのお仕事を少しずつ頂くように。ちょうど二十歳の頃ですね」
二十歳の頃にふと浮かんだ、
「25歳までに作家になる」
エッセイをもとにした1人舞台も開催され、書くことが表現に近くなってきた。それでも、まだ仕事になるとは思っていなかったし、葛藤もあったという。
「ブログ自体は自虐的だったので、そのうち疲れてしまって……。自己肯定感を自ら殺していく作業をするので、精神的にもキツかった。評判は良いけど、自分なりに頻度を減らして調整をしてました」
きっと周りからは、大学を卒業しても芸能の仕事があるから安泰だと思われていただろう。でも加藤さんの心の中にはまだまだ迷いがあった。
「その頃、ドラマで爽やかな先輩役を演じたんです。作品に参加することは楽しかったんですけど、僕の中身は小説や映画が好きな人間なので、求められる自分と本来の自分がどんどんズレてしまって。本当にこれって面白いのかな、アイドルって何なんだろう、一生やっていくんだろうかって、ずっと考えてました。グループとしての活動に対して気持ちの整理がつかない時期があったし、それは僕だけじゃなくみんなそうだった。メンバーそれぞれ違う価値観を持っているし、僕の中にも違う価値観がある。いろんな摩擦が起きていた頃だったと思いますね」
大学を卒業してもモヤモヤは晴れなかった。でも、求められることには全力で応え続けた。1年ほどたったとき、会社で「何がしたいの?」と聞かれて加藤さんはこう答えた。
「大学4年の頃だったかな、タクシーに乗ったとき『25歳までに小説を書きたい』と思ったことがあったんです。当時の僕は、もう大人になっちゃって、仕事は安定してて、でも楽しくなくなったりもしてて。高校の頃に金原ひとみさんと綿矢りささんが最年少で芥川賞を受賞して、僕と年が近い作家の偉大さと身近さを感じていたし、自分もできる気がしてたんです。会社からは『25歳までと思ってたら書けない。来月までに持ってきなさい』と言われて、頑張って書きました(笑)」
口をついて出た「25歳までに小説を書きたい」。それは、混沌とした二十歳を過ごしていた加藤さんが見た未来だった。こうして書き上げた初めての小説『ピンクとグレー』は、芸能界を舞台に幼馴染みの友情を描いた物語だ。
「映画が好きで、よく友達と“評論の評論”や、興味を持続させるにはどうすべきか、という分析をしてたんです。自分なりの知識や手法をありとあらゆる形で入れました。あと、読者を傷つけたい、予想外のほうに連れていきたいというエゴもあって。今ならそんなところに力を入れても停滞しちゃうよって思えるんですけど、若くて尖ってましたからね」
それからもコツコツと執筆を続け、2021年の『オルタネート』が第164回直木三十五賞候補に。最新作の『ミアキス・シンフォニー』では、大学や和食屋といった舞台で、少女や大学教員、料理人といった登場人物の視点が交錯する壮大な物語を綴った。本作が長編小説の8作目。続けられた理由のひとつに、『ピンクとグレー』の書店回りの体験がある。
「書店員さんが『書き続けてくれないと応援できませんから』っておっしゃったのが印象的で。確かに芸能人って、本を出しても書き続けないんですよね。続けることが作家なんだ、書き続ける作家になりたいと思いました。小さい頃から目指してきたわけではないけれど、思いのほか作家業界が優しかったし、僕を温かく迎え入れてくれた感謝がある。だから続けないと失礼だなって。今もその思いで、機会のある限り書き続けています」
プロフィール
加藤シゲアキ
かとう・しげあき|1987年、大阪府生まれ。アイドルグループNEWSのメンバー。作家として、2021年に『オルタネート』で吉川英治文学新人賞を受賞。最新作は長編小説『ミアキス・シンフォニー』(小社刊)。ひとつの場面に様々な登場人物の視点が交錯する壮大な物語。
取材メモ
「こんな前のほうの席には本当は座らないんですよ」と、学生時代に戻ったかのように伸び伸びと撮影に応じる加藤さん。当時はすでにスターだったのに、電車通学して、学食でご飯を食べていたのが驚きだ。「『ピンクとグレー』を書くとき、自分が見た景色を取り上げないと誰も読んでくれないよと会社の人に言われて、芸能界のこと、僕が育った渋谷の風景をたくさん書きました。渋谷も変わっちゃったけど、当時の感覚が埋め込まれていると思います」
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