カルチャー

古今東西のユニークな凧を収集する『凧の博物館』で、億劫な北風を味方につけよう。

東京博物館散策 Vol.5

photo: Hiroshi Nakamura
text: Fuya Uto
edit: Toromatsu

2025年1月5日


公立ミュージアムに、私設ミュージアム、記念館に資料館、収蔵品を持つギャラリーなどを巡ってゆくこの企画。様々な文化が掘り起こされる今だけど、歩いて得た情報に勝るものはない。だからこそこの記事を読んだ人もぜひあなたの「東京博物館散策」へ。

 お雑煮を食べたり特番を見たりと全力でダラダラしつつも、今年はクラシックに凧揚げを興じてみた。というのも、日本橋にある『凧の博物館』で展示されている世界中のユニークな絵柄の凧や、そもそもボディが紙ではなく毛糸素材という超マニアックなものを知り、「風物詩のひとつ」くらいの感覚だったそれらの概念がガラリと変わったから。“風をつかまえる”という粋な、だけど誰でも楽しめるアクティビティの世界がそこにある。

毛糸と竹串を削ったものでアウトラインをとった、フランスの作家のミッシェル・ソランさんのアートカイト。ゆら〜ゆら〜っと形状を維持しながら揚がるそうで、なんともユニーク。

 日本橋駅から三越前方面へ幹線道路沿いを歩いて5分、一見なんてことないオフィスビルの2階にそのディープな世界が広がっている。ここは、老舗洋食レストラン『たいめいけん』初代シェフの茂出木心護(もでぎ・しんご)氏により、1977年にオープンした私設ミュージアム。

 長年続けてきたこともあって界隈では名の知れた存在ではあるが、今も各地のマニアから知られざる寄贈品が送られてきたりとラインナップは増加中。国内外の伝統凧を中心に、前衛的なアートカイト、ミニチュア凧、そして浮世絵の空気感が色濃く残る力強い江戸凧などがズラリと300点ほど揃う。でも、これでさえほんの一部。まだまだ倉庫にどっさりと保管していて順次入れ替えつつ営業しているから、行くたびに新しい出会いがあるのも嬉しいポイントだ。

120種類の長崎凧(ハタ)のミニチュア版。貿易が盛んだった長崎ではオランダの影響で凧のことをハタと読み、絵柄もその時代の船旗や信号標識旗を表したモダンなデザインが特徴的。

アフガニスタン、タイ、トルコ、コロンビア、マレーシアといった世界各地の大変貴重な伝統凧。海風が吹く地域は骨組みがしっかりしているが、内陸は簡素な作りのものがほとんど。

小指の爪くらいの大きさのタイニーカイト、すごくない? 「昔は芸者さんのところへ持参し、部屋に置かれている火鉢の上の上昇気流を利用して遊んでいたそうですよ」。

ビニールやプロポリチレンといった雨風に強い凧は、デザインの自由度が高く、コンパクトに持ち運べることもあって海外では主流。

 そもそも凧の歴史を辿れば、紀元前300年の中国では敵陣を測量するための道具であったり、はたまた東南アジアでは魚釣りに利用されていたりと、明確な起源は解明されていない。それくらい多岐に渡り世界中で用いられてきたもので、日本では江戸時代から徐々に庶民の遊びの道具として普及していった。中には糸にガラスの粉末を塗り込んで相手の糸を切って落とす「凧合戦」という熾烈な戦いもあるそうで、地域や時代ごとの風で独自の発展を歩んできたのである。

凧が見える? インドの経済都市アーメダバードで毎年1月14日に行われる凧合戦の様子。ビルの屋上をはじめとする街中が舞台となり、数十万の人々が参加するクレイジーなイベントだ。怪我人が続出することから最近は開催されていないそう。ホッとする。

「自分は、こうした競争とかはあまり興味がなくて。せっかくの画が見えなくなっちゃうから、あまり高く揚げないですね」と笑うのは、館の責任者である福岡正巳さん。「空中に揚がりさえすれば凧。和紙でなくても、レコード袋、毛糸、ストローなど素材はなんでも自由でいいんですよ。」

 そんな福岡さんは、ドイツの実験的バンドEinstürzende Neubautenのシンボルである一つ目人間を模した凧や最新カーボンを素材に自身でもアートカイトを手掛けている方でもある。数十年に渡って裏付けされた知識を持って伝統的な文化を汲みつつも、それに反発するかのように生まれ続けているB面的な側面を当事者が教えてくれるのがここの醍醐味だ。さらには、土台となる平竹、凧絵に使う紙パッケージのシブい染料、連凧用のジョイントといった、自分ですぐにチャレンジできるD.I.Yアイテムまで販売している。

 はじめから凧を自作することは難しいかもしれないけど、大空に舞う姿を想像して作る時間はきっと素晴らしい寄り道に違いない。風をつかまえる、なんて格好いい言葉のせいにしておこう。

インフォメーション

古今東西のユニークな凧を収集する『凧の博物館』で、億劫な北風を味方につけよう。

凧の博物館

◯東京都中央区日本橋室町1丁目8−3 室町NSビル 2F ☎︎03・3275・2704 11:00〜17:00 日休

初代の茂出木心護氏は、失われつつあった和凧と凧揚げ遊びの継承を願い、1966年に「日本の凧の会」も立ち上げた知る人ぞ知る存在。館内ではそのレジェンドの選りすぐりの私物をはじめ、世界各国から集められたあらゆる凧の他、大会のポスター、ピンバッジ、豆本など凧にまつわるグッズが揃う。

Official Website
https://www.taimeiken.co.jp/museum.html