カルチャー

この3連休は『ヒットマン』を観に行こう。

リチャード・リンクレイター監督最新作、ついに公開。

2024年9月13日

interview: Shimpei Nakagawa

© 2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

 リチャード・リンクレイターという映画監督の名前を聞いて、君が思い浮かべるのはどの作品? ケツバット映画『バッド・チューニング』か、偶然の出会いのときめきを描いた『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離〈ディスタンス〉』か、落ちこぼれミュージシャンが教師になりすまし子供たちとバンドを結成する『スクール・オブ・ロック』か、12年の歳月を費やし少年の成長を追った意欲作『6才のボクが、大人になるまで。』か、’70年代の高校生の爽やかで切ない青春群像劇『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』か、日々に疲弊した母が南極に逃避行するドタバタ喜劇『バーナデット ママは行方不明』か。ジャンルは違えど、いずれも観終わってみれば爽やかな読後感が残るのがリンクレイター作品の魅力。おそらくどれかは観たことがあるだろうし、どれかがオールタイムベストの一つになっている人も少なくはないだろう。そんな彼の最新作がいよいよ公開となったというだけで俄然興味をそそられるのだが、今作の主演は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのナイスガイ、グレン・パウエル。この嬉しすぎるタッグを劇場で観ない手はない。

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 本作は「本当の自分とは何か?」に迫る実存主義的なクライムコメディ。大学で哲学を教える地味で慎ましやかな男が、ひょんなことから嘱託殺人のおとり捜査官になり、様々な殺し屋役を演じながら捜査に関わるうちにどんどんヤバい深みにハマっていく。なかなかのトンデモ設定だが、実在の人物をモデルにしているという。主人公のゲイリー・ジョンソンは、1990年頃から偽のヒットマンとして警察に協力し70人以上を逮捕に導いた敏腕捜査官。そんな彼が夫の殺害を依頼してきた女性と恋に落ち、それがきっかけで事態が急変していく展開はクライムサスペンスのようなハラハラがあるし、職責との葛藤に悩みながら、本来検挙すべき相手との許されざる恋というロマンスもある。彼らは一体どうなってしまうのか? ドギマギしながらも、そこはやはりリンクレイター。鑑賞後はニューオーリンズの晴れ渡った青空のようにすこぶる爽やかな気持ちになれるのだ。

© Everett Collection/アフロ

 本作はリンクレイター監督とグレン・パウエルとの共同脚本。グレンは今作が脚本家デビューだ。『ファースト・フードネイション』(2006)や『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』(2016)、Netflixのアニメーション映画『アポロ10号 1/2:宇宙のアドベンチャー』(2022)など、14歳からリンクレイター作品に出演するグレンが、『テキサス・マンスリー』誌のゲイリー・ジョンソンの記事を読んで感銘を受け、リンクレイターに相談を持ちかけたことが製作のきっかけだという。それからリモートで脚本を書き合い、完成に至った。「ヒーローであり友人であるリチャード・リンクレイターの隣に自分の名前があるなんて、夢のようです」とは、監督を“リック”の愛称で呼ぶグレンの弁。テキサス州オースティン出身のグレンと、オースティンに拠点を置き、「オースティン映画協会」の芸術監督を務めるリンクレイターの長年の信頼関係の末に完成し、しかもきっかけはテキサス州の地元メディアの記事。作品の舞台こそニューオーリンズだが、実にオースティンらしさに溢れた作品というわけ。

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 殺し屋のペルソナに合わせてコロコロと変わるゲイリーのファッションにも注目したいが、車にもぜひご注目を。劇中で主人公ゲイリーが乗るのはホンダのシビック。昨今のヤングタイマー人気もあり、日本では若者の間で再燃している車種のひとつだが、劇中では嘲笑されているようなきらいもある。主人公が乗る一台としてこの車を選んだ理由を監督に聞いてみると意外な答えが返ってきた。

「ハハハハハ。お気に入りの一台というよりは、メンバーみんなに『この世で最も普通で、退屈な車と聞いて連想する車種は何?』と聞いて、たくさんの人がホンダのシビックだと答えてね(笑)。僕の姉も昔乗っていたし、僕自身ホンダのミニバンにも長い間乗っていたから愛着があるよ。日本車は壊れ知らずだからね」

 せっかく車が話題に上ったので、ついでに監督が好きなカームービーについて聞いてみると、気さくな人柄が溢れる笑顔で答えてくれた。

『断絶』(1971年、モンテ・ヘルマン監督)
© Mary Evans Picture Library/アフロ

「『Two-Lane Blacktop』(原題)はその名前(「アスファルトで舗装された2車線」の意)もそうだし、カーレース満載のピュアなカームービーで、カルト作品として知られているグレート’70sムービーだ。ミュージシャンのジェーム・バーノン・テイラーなど素晴らしい俳優陣だけど、この映画の本当のムービースターは出てくる車たちという見方もできる。他にも、『アメリカン・グラフィティ』(1973)にはたくさんのいい車が出てくるし、主演のスティーブ・マックイーンがマスタングに乗って繰り広げられるカーチェイスが印象的な『ブリット』(1968)もそうだし、『バニシング・ポイント』(1971)だったり、世の中には車が出てくる素晴らしい映画がたくさんあるよ」

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 グレン・パウエルのコミカルな演じ分けはそれだけで笑っちゃうし、アメリカの片田舎の気だるい風景、主人公を取り巻くポンコツだけどどこか魅力的な捜査官たち。ハラハラもドタバタも心地よいリンクレイター作品らしさも、いろんなアスペクトを詰め込んだ今作は、まだまだ暑いこの時期に涼しい劇場で観るのにもってこい。ガールフレンドと一緒に観に行ったら、きっと鑑賞後の会話が弾むはずだ。

インフォメーション

この3連休は『ヒットマン』を観に行こう。

『ヒットマン』(2023年、リチャード・リンクレイター監督)

2024年9月13日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー。

Official Website
https://hit-man-movie.jp/