ライフスタイル
カイブツとおさらばする帰り道/文・上白石萌歌
ひとりがたり Vol.2
2024年7月30日
23時をすこし過ぎた頃。わたしは駅のホームへと続く階段をひとり、ふわりと軽い頭で降りていた。気心の知れた友人とお酒を飲んだ帰り道はいつも満ち満ちている。日々気付かぬうちに溜まっていた心の膿が、さらさらと清らかになって外へ流れ出てゆくような感じがする。友だちの存在とはなんて偉大なんだろう。
友だちに手を振ったあとに気がついたのだが、スマホの電源が切れていた。しまった。でもあとはもう家に帰るだけだしな。いつもは肌身離さず握りしめていたスマホをかばんの中に放り込む。ただの板と化したわたしのスマホが、かばんの中の鍵とぶつかってコトリと音をたてた。
ホームで電車を待ちながらふと頭をよぎる。スマホを完全に見ない時間なんて、仕事以外のふだんの生活のなかですこしでもあっただろうか。
スマホ依存症とまではいかないが、つねに仕事の連絡の確認をしたり、誰かとのくだらないやりとりをひたすら続けてしまっていたり、なんだかんだずっとスマホと共に日々の時間を過ごしていることに気がつく。
あれが欲しい、これが見たい、この人と繋がっていたい。スマホはわたしたち人間の欲望を満たすためのカイブツである。上へ左へ下へとせわしなくスワイプしまくっていると、なんだか自分までせっかちな人間になってしまっていそうだ。
そういえば『スマホ脳』という本で、われわれ現代人の脳みそがいかにスマホに蝕まれているかを学ぼうとした時も、読み始めて20分後にはもうスマホを見つめていたっけ。
滑り込んできた電車に乗り、空いていた一番端っこの席に腰を下ろす。車内を見渡すとみんなもれなくスマホを見つめていて、当たり前だったはずのその光景の異様さに改めて驚く。スマホを握りしめていないのは、わたしと、クロスワードの本に夢中になっている向かいのおじさまくらいか。なんだか遠い未来に投げ飛ばされたような、ふしぎな感覚に陥った。
スマホを握りしめていないと、普段は目の前を素通りしてゆくような景色や音がおもしろいくらいに自分に迫ってくる。
流れる駅名標を眺めながら、この駅名ってどういう由来からきているんだろう、と考えたり、手すりにもたれながら話をしている男の子たちの会話に心で相槌を打ったり。気を紛らわすことがないから、ただその空間に身をゆだね、流れてゆく時間をじっと見つめることができる。
きっと今ほど世の中が便利になるまえは、24時間ってもっともっと長かったのかもしれないなぁ。そんなことをぼんやり考えていたら、気がつけば最寄り駅だった。
無事に家に帰り着き、スマホに充電器を差し込む。さっきまで完全に板と化していたわたしのスマホは、待ってました! と言わんばかりにすぐさま青白い光を取り戻した。命を吹き返したちいさなカイブツ。それがいつもより煌々と光って見えたのは気のせいだろうか。無機質な眩しさに思わず目をつぶりながらも、やはりどこか安堵する自分がいる。ソファに腰掛け、溜まっていた返信を返していく。
帰宅するまでの小一時間のうっかりデジタルデトックス時間。目と耳がクリアになるような、ふしぎと豊かなひとときだった。
四角いちいさな手のひらの世界に翻弄され続けるのはもったいない。何事もなるべく自分の目で見て、触れて、感じることができたら。
デジタルな時代に生まれ落ちた宿命。カイブツとうまく付き合いながら、アナログな心を忘れず持ち続けることができたらな、といつもよりほんのり澄んだ身体で思った。
ひとこと
夏をおうちでも感じたい! とそうめん流し器をネットで注文したものの、人気すぎたのか届くのが8月末でした…わたしの夏は遠い。
上白石的テーマソング:なし(無音)(街の音)
プロフィール
上白石萌歌
かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。adieu名義で歌手活動も行う。
Instagram
https://www.instagram.com/moka____k/
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