ライフスタイル

【#1】旅する帽子

執筆: 田辺夕子

2023年8月12日

illustration: Reiko Tada(portrait)
text: Yuko Tanabe
edit: Yukako Kazuno

「あら、まだその帽子かぶってるの⁉︎」

猛暑の7月、お盆で実家に行ったら母親に驚かれた。その帽子とは〈ヘレン・カミンスキー〉のもので、プロヴァンスという定番モデル。18年前に『銀座百点』の編集という職を得て早々に、会員店だった帽子専門店で買ったものだ。物持ちが悪いうえ、粗忽な性分のわたしにとって、18年間も使い続けている小物というのは滅多にないので、母の驚きようも当然だったりする。

ファッションに詳しい人はご存知だと思うが、〈ヘレン・カミンスキー〉の帽子はマダガスカルに自生しているラフィアという天然の植物を編んだ製品で知られている。ハットやキャップ、サンバイザーなどさまざまなバリエーションがあるが、プロヴァンスは、かぶらないときはくるりと巻いてバッグの中におさめることができるロールハットスタイル。収納できる、つまりどこかに置き忘れるリスクも減らせるし、ナチュラルカラーが服装を選ばないこと、つばが深いシルエットも気に入って買ったのだけど、まさか18年もかぶり続けていたとは!

レジャーや作業など実用の道具としての帽子ではなく、ファッションアイテムとしての帽子は、好んでかぶる人と、まるで縁がない人とに分かれる気がする。特に女性の場合、「身近で帽子をかぶる人」は数少ないのではなかろうか。理由はヘアスタイルが崩れてしまうからだろう。わたしの場合、銀座に来てプロヴァンスとめぐりあってから、帽子がある日常が始まった。

時に帽子は日常も国境も超える。旅行先のシリア、クロアチア、タイでもかぶっていたし、日本でも北海道から先島諸島までだいたい一緒だった。ラクダの上で砂嵐に巻き込まれても、南の島の強い海風の中でも、よくもまあ飛ばされなかったものだ。購入後しばらく経って、だいぶくたびれてきたので二代目を買おうとくだんの店に行った。新しい製品はさすがに糊もきいていて、シルエットもぴんしゃんとしている。さんざん迷った挙句に「でも、まだ使えているしなあ」と店を出た。

さらにしばらく経って、ヘリから徐々に編み目がほつれてきた。次にゴムの額あてが外れた。やがてベルトループも外れてしまった。店はすでに移転していて、修理できる人も見つからない。いよいよ別れを覚悟すべきか……というタイミングで、家の近所のセレクトショップで帽子の展覧会が開かれた。さっそく行ってみると、〈KIKONO〉という日本のブランドで、ナチュラルな風合いもオーソドックスなデザインも好みにどんぴしゃり。さまざまな形から、やっぱり選んだのは、ローラという名前のロールハット。こちらも天然の植物が素材で、笹の葉を糸にして編み上げている。ローラという名前がしっくりはまるクラシカルな雰囲気も魅力的。

二代目はローラと決めて、デザイナーの住吉さんに歴戦の勇者プロヴァンスを見せ、さすがにもう引退かと思っていることを伝えたら、「せっかくですから、直しましょうか?」というありがたいお言葉が返ってきて、ご厚意に甘えることにした。一か月ほど経って、戻ってきたプロヴァンスはきれいに編目がそろっていて、新たなループも開通していて、ベルトがきれいに収まっている。ていねいに整えてもらった結果、どこか風格が出たようだ。

かくして日常に戻ってきたプロヴァンスと二代目ローラは、春から秋にかけて、どちらかは必ずわたしの頭なり、バッグの中にいる。

プロフィール

田辺夕子

たなべ・ゆうこ | 協同組合銀座百店会が刊行する、1955年創刊の月刊誌『銀座百点』の11代目編集長。