カルチャー

いい時代のパンフレットから逆引きしてみる。

2023年7月26日

今日観る映画が決まらないという君へ。


photo: Kazuharu Igarashi
text: Ryota Mukai
2023年8月 916号初出

辛島いづみさん提供の映画パンフレット
資料提供: 辛島いづみ

 ひと口に映画パンフレットといっても様々な形がある。レコード型や箱入り、なかには別冊漫画付きや、袋とじ仕様まで。これらを手掛けたのはエディターの故・川勝正幸さん。いつもなら「映画を観てパンフを買う」ところだけど、逆に「パンフが魅力的な映画を観る」のも面白そうだ。この文化がある日本でしかできない楽しみ方だしね。そう思って、かつて川勝さんと一緒にパンフを編集していた辛島いづみさんに、その制作の舞台裏を教えてもらった。

「川勝さんが映画パンフを手掛けたのは1993年から15年間ほど。特に大切にしていたのは、作品の理解が深まること、そして見た目に楽しいパッケージであること。どちらも’90年代のカルチャーが大きく関わっています。当時は音楽も映画も’60~’70年代の作品が注目されていました。川勝さんの初めてのパンフも’68年に公開したSFカルト映画『バーバレラ』の、’93年のリバイバル上映時。とはいえ若者はその時代に詳しくないですよね。そんな作品の背景を教えてくれたのが川勝さんのパンフ。お勉強というよりうんちくがたくさん知れるように編集するんです。パリが舞台の『スローガン』なら、在住経験もあるミュージシャンのカヒミ・カリィさんに寄稿してもらったり。いわゆる映画評論家だけではなく、作品にフィットする人を誌面に登場させていましたね。また’90年代はデザインや写真が重要視された時代でもある。サイズは持ち帰りやすいよう小ぶりなものに収めつつ、映画の世界観がパッと伝わり本棚に飾っておきたくなる“モノ”にこだわっていました。アマチュア写真家が主人公の『I Love ペッカー』なら、写真屋で現像してきたかのような作りに。川勝さんが好きだったウディ・アレンやデイヴィッド・リンチのパンフも数多く手掛けています。『マルホランド・ドライブ』では公開4か月前から毎月フリペを配布しパンフで完結する仕組みでした」。ピックアップした4作を見ても、作品の雰囲気のみならず、当時の熱量も感じられるね。

スローガン
監督:ピエール・グランブラ/1968年/88分

『スローガン』パンフレット

’60年代のパリで暮らす男女を描いた恋愛映画。’95年の日本初公開時に発売されたパンフは川勝さんが好んで使ったレコードジャケット仕様。本作を機にプライベートでもカップルになったセルジュ・ゲンスブールとジェーン・バーキンの出会いを描いた漫画(原作は川勝さん!)をはじめ、おまけもたっぷり。

パンチドランク・ラブ
監督:ポール・トーマス・アンダーソン/2002年/95分

『パンチドランク・ラブ』パンフレット

風変わりなセールスマンの恋物語。パンフはプリンの素を模した箱に入っている。主人公が大量のプリンを買い占めてマイルを貯める劇中のエピソードになぞらえたものだ。作品のヴィヴィッドな色使いにちなみ、中ページも色とりどりに。俳優、歌手の小泉今日子さんとミュージシャンBIKKEさんの対談も収録。

マルホランド・ドライブ
監督:デイヴィッド・リンチ/2001年/147分

『マルホランド・ドライブ』パンフレット

ハリウッドを一望する山道「マルホランド・ドライブ」で起きた交通事故の生存者を巡るドラマ。右下の「vol.5」が販売されたもので、他4つは無料配布。デザインは観光案内所でもらえるような旅行ガイドになぞらえて。これも川勝さんが好んだ作りのひとつ。執筆には滝本誠さんらリンチ好きが集結。

I Love ペッカー
監督:ジョン・ウォーターズ/1998年/87分

『I Love ペッカー』パンフレット

突如アート界の寵児となった、ボルチモアのアマチュア写真家ペッカーを巡るコメディ。カメラマンの物語ゆえ、パンフは現像時にもらえるような薄い紙袋の中に。中身はこれまたおまけでもらえたフォトアルバムのように場面写真が収めてある。川勝さんによるジョン・ウォーターズ監督のインタビューも収録。

プロフィール

川勝正幸

川勝正幸

かわかつ・まさゆき|エディター、ライター。1956年、福岡県生まれ。2012年死去。音楽、映画をはじめとするポップカルチャーに詳しく、自らを「ポップウィルスに感染した『ポップ中毒者』」と呼んでいた。手掛けた映画パンフレットは約50点に上る。著書に『ポップ中毒者の手記(約10年分)』など多数。