カルチャー

いまさら聞けないレコードのはなし。【後編】

2023年5月26日

illustration: Emi Ozaki
text: Nozomi Hasegawa
2023年6月 914号初出

レコードに興味はあるけど、知らないことだらけ。
盤の触り方だって不安だし、そもそも、針を置いて音が鳴るのはなぜ?
そんな疑問の数々をレコードの隅から隅まで知り尽くした
名店『黒猫』の店主、田口史人さんにぶつけてみた。

Q7. オリジナル盤に国内盤、どれから聴けばいい?

日本で製造されたものは「国内盤」、海外で製造されたものは「輸入盤」といいます。一番最初に作られたものは「オリジナル盤」、その後再プレスされたものは「1stプレス」、「2ndプレス」……と言い分けています。その他、年月がたって再発売された「復刻盤」、盤を厚くして音質を向上させた「重量盤」などもありますね。さて、何から聴くかですが、それはビートルズを例に挙げるとわかりやすいです。ビートルズほど同じ音源があらゆる国でプレスされて、あらゆる時代に復刻されるミュージシャンっていないんですね。国や時代によって盤に特性はあるけれど、そもそもイギリスのオリジナル盤が一番かと問われても、正直わからない。実は彼らが最初に作った音源は、ものすごく野蛮なんです。なぜあんなに売れたのかというと、当時の再生環境がよくなかったからでしょう。刺々しい音は再現されずに丸く聞こえたんですね。その印象のまま世界中で人気になったので、各国で作られるときにも柔らかい音をベースに編集され「これぞビートルズだよね」という音が出来上がっていったんだと思います。言ってしまえば、みんなが愛したビートルズの音楽は、コピーの音だったということ。こんなこともあるので、まずは手に取った一枚を何でもしっかり聴き込むこと。それを続けて違いがわかるようになったら自分好みの音を見つけたらいいと思います。

Q8. 買う前にこれだけは覚えておけ、ってありますか?

見るべき点が2つあって、まずわかりやすいのは穴。聴くときに一発でレコードをはめられる人はほぼいないので、中央のラベルを見ると、プレーヤーにはめるときにできた擦れがあるんです。業界では「ヒゲ」といわれたりしています。細かい傷や汚れがあっても、表面を拭けばピカピカに見えますが、ヒゲが多いほどたくさん聴かれたということ。盤が荒れていて、音飛びする可能性がありますね。もうひとつは熱によってできる「ソリ」です。軽く反っている程度なら直せますが、波打ってしまっていたら直すのは難しいですね。

Q9. オーディオは何を揃えるべき?

本格的なオーディオセットを作るなら、最低でもプレーヤーとアンプとスピーカーが必要になります。プレーヤーといえば「Technics SL-1200」シリーズが有名ですね。シリーズ内で値段はピンからキリまでありますが、中古でも売っているし、安定した作りでハズレもない。ただし、そこまで凝るつもりがないのなら、スピーカーやUSB、Bluetoothなんかも内蔵された一体型のもので十分いいと思います。「ION AUDIO」の「Archive LP」なんかは1万円ほどで値段も手頃だし、初心者の方にもいいのではないでしょうか。

Q10. レコード棚がないのですが大丈夫ですか?

盤に一方的な負荷がかからないように必ず縦に置いて、ソリの原因となる暑い場所は絶対に避けてください。意外と見落としがちなのが壁の熱。立てかけた壁が薄かったり、太陽の当たる南向きだったりすると、熱が溜まって盤に影響を与えてしまうことも。ジャケットを保護するためにビニールに入れて収納する人が多いですが、湿度が高い日本ではカビの原因になるので、ビニールに収納するのは良くないという意見もあります。

Q11. 長く聴き続けるにはどうしたらいいですか?

カビや埃で溝が埋まると音が悪くなるので、汚れていると思ったら洗いましょう。水かぬるま湯でじゃぶじゃぶ洗って、最後は不織布で拭けば綺麗になります。盤の表面を溶かすので、強い洗剤はやめたほうがいいですね。市販の洗浄液でもいいですが、昔のスプレー式のものは強すぎるので要注意です。濡らすと「レーベル面」といわれる中央のラベルが剥がれるんじゃないかと心配する人がいますが、プレスの段階で繊維が塩化ビニールと同化していて絶対剥がれないので大丈夫。僕は一緒にお風呂に入ることもありますよ!

Q12. 一番珍しいレコードって何ですか?

ビートルズのデモ盤が数年前にとんでもない値段でオークションに出品されたこともありましたが、数が少なくても求める人がいなければ「珍しい」と思われませんよね。僕にとっては、美空ひばりの1stアルバム。日本で制作された最初の日本人のレコードで、’50 年代にプレスされた記録はあるのに「美空ひばり記念館」にも残ってないらしく、ジャケットすら謎のまま。当時、ジャズやクラシックは保管されたのですが、歌謡曲は下に見られていたんですね。もうひとつ、日本の超レア盤といえば「玉音放送」じゃないでしょうか(笑)。終戦時にラジオで流れたのは録音したレコード音源だったんです。これがオークションに出品されたら相当やばいことになりますね。

Q13. 尊敬できるレコード好きは誰ですか?

すごいと思うのは岡田則夫さんというSP盤のコレクター。日本のコレクターの中でもずば抜けた存在で、研究者でもあります。好きで聴き続けていたら膨大なコレクションになっていた、という人。著名なコレクターになると、死後、自身のコレクションを図書館などに寄贈することがありますが、岡田さんは「残ったレコードはすべて散逸させたい」と言っています。これはあくまでも自分のコレクション。一枚一枚集める過程こそが楽しかったし、それこそがレコードの醍醐味だから、次の人にもその愉しみを味わってほしい、と。まさにそのとおりだと思いますし、僕のコレクションも最後は散り散りにしたいですね。

教えてくれた人

田口史人

たぐち・ふみひと|1967年、神奈川県生まれ。2003年に自主制作盤専門店『円盤』をオープン。2020年には店名を『黒猫』に変更し、現在は高円寺と長野県伊那市に店を構える。著書に『レコードと暮らし』(夏葉社)など。