カルチャー

そのレコード、聴いてみたいな。Vol.1

『Donato』店主・加藤寛之

2023年5月17日

photo: Kazuharu Igarashi
illustration: kedamasugoine
text: Nozomi Hasegawa
2023年6月 914号初出

レコード店に通って培った反射神経と運の良さで
偶然に引き寄せた、最高のジャズ。

ターンテーブルがあるのは、もともと電話BOXだった場所。流しているレコードのジャケットはスピーカーの手前に置かれている。店内での会話は禁止だが、その代わりに外まで聞こえるほど大きな音で流れるジャズをのびのび楽しめる。

OWNER

加藤寛之

かとう・ひろゆき|1994年、神奈川県生まれ。バンド「すばらしか」での活動を経て、2021年11月に御茶ノ水のジャズ喫茶『ドナート』をオープン。開店前にディスクユニオンのジャズ専門館『JazzTOKYO』へ行くのが日課で、そのレコードコレクションは日々増え続けている。好きなレーベルはデンマークの「STEEPLE CHASE」。

 数年前までレコード店で働いていました。さまざまな作品に触れる中で、もともと好きだったジャズの知識が増えていき、収集欲もさらに高まりました。僕はレアなアルバムもそうでないものも、オリジナル盤のみを集めると決めています。

 その上で大切にしているのは「この作品は、このくらいの値段で買いたい」という望みをしっかりもつこと。ネットで探して大金を払えばレア盤だって簡単に手に入りますが、そういうことじゃないし、欲しいと思っていたアルバムをお店で見つけても価格次第では「今はまだその時じゃない」と潔く見送る。毎日レコード屋に通って、心の中にウォントリストを貯めておくと、不意に現れる“お宝”にすぐ反応できます。行きつけの『ディスクユニオン』が週末に行う廃盤セールでは、まさにそういう出合いがよくあるんです。前日にHPで出品されるものが公開され、狙いを定めた客が列をなすのですが、整理券がくじ引き制なので、ほぼ運任せ。状況に身を委ねることもレコード探しを楽しむには大切ですが、そういう自分の積み重ねと偶然の嬉しい産物が、この最高の3枚なんです。

Point of View お宝との出合い

SELECT 1
Tes Esat
ARTIST Al Shorter
RELEASED 1971
COUNTRY FRANCE

ジャズサックスの巨匠、ウェイン・ショーターの兄でトランペット奏者のアラン・ショーター。フリージャズが流行した’60年代末〜’70年代初頭にかけて発表された一枚で、リーダーとして彼が世に出したのはたった2作品のみ。生々しくゴツゴツとしたアンサンブルが特徴的。「ディスクユニオン『新宿ジャズ館』のセールに並び、引いたクジは『4番』。でもスタートしたらポジション取りが悪く、この作品を取れずに終わってしまって。その後、お店の開店まで時間があったので『JazzTOKYO』のセールにも寄ってみたら、なんと同じアルバムが残っていました。しかも最初に見た商品より状態がよく、安かった。あまり出回らないので1日2回見つけたことにも驚きました」

SELECT 2
Turkish Women At The Bath
ARTIST Pete La Roca
RELEASED 1967
COUNTRY USA

ジャズドラマー、ピート・ラロカの数少ないリーダー・アルバム。エキゾチックで不思議な響きを感じられる。「開店前の腹ごしらえのために御茶ノ水駅方面へ行ったら、ジャズ専門館の『JazzTOKYO』に行列が。何でだろう? と近づいたら並んでいた知り合いが『今日はこれが出るよ』と教えてくれたので、とりあえずクジを引いたら1番で(笑)。手が届く作品だとは思っていなかったのですが、想定したより安かったので買いました。僕が取った瞬間、後ろに並んでいた人たちが一気に帰っていきましたね」。ピートは本作を発表した翌年、音楽界を去り弁護士に。「参加ミュージシャンのチック・コリアが同意なしに再発盤を発表した際には、自ら訴訟を起こし勝訴したとか」

SELECT 3
East Plants
ARTIST 森山威男
RELEASED 1983
COUNTRY JAPAN

1960年代後半に山下洋輔トリオのドラマーとしてその名を知られるようになった森山威男。昨年はフジロックにも出演した。「歴史上のジャズドラマーの中でも、トップクラスですさまじい演奏をする人だと思います」と、加藤さん。本作の購入場所も、新宿のジャズ館だという。「この日はクジで最後尾を引いてしまったので、入店前に壁にかかっているレコードは全部持っていかれちゃって。あぁ……と思いながらもスルッと入れた手前の棚を物色してみたら並んでいたんです。ずっと欲しかった作品なので、ウワッ! と心臓が止まりそうになりました」。収録曲は「竹」「風」など、日本人としてのアイデンティティを追求したような、力強く美しさのある作品。