カルチャー
写真集『SOUVENIR ST. MORITZ #4』をレビュー。
クリティカルヒット・パレード
2023年5月22日
illustration: Nanook
text: Runa Anzai
edit: Keisuke Kagiwada
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2023/04/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3-1600x1128.png)
毎週月曜、週ごとに新しい小説や映画、写真集や美術展などの批評を掲載する「クリティカルヒット・パレード」。5月の4週目は、編集者の安齋瑠納さんが、写真集『SOUVENIR ST. MORITZ #4』をレビュー!
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2023/05/174631621.jpg)
David Sims, Jake Chapman
スイスの高級リゾート地、サンモリッツ。冬はスキーをはじめとするウィンタースポーツ、夏はハイキング、ヨットに乗馬など、充実したレジャーに加え、数多くの高級ブティックや五つ星ホテルが立ち並ぶVIP御用達の保養地。写真集SOUVENIR ST. MORITZは、サンモリッツという基礎自治体(日本でいう市町村のようなもの)がパブリッシャーとなり、年に一度、アーティストに現地で滞在制作をしてもらった作品を一冊の写真集にまとめるというプロジェクトだ。今までに、トールビョルン・ロッドランド、ロー・エスリッジ、コリン・ダッジソンというアートおよびファッションの文脈で活躍する3名が撮影。4回目となる本作は、ファッションフォトグラファーのデヴィット・シムズとアーティストのジェイク・チャップマンを起用し、はじめて共作という形で刊行した。
観光地であるサンモリッツが手掛ける写真集プロジェクトでありながら、その土地の紹介や宣伝は皆無。撮影地はサンモリッツに限定されるものの、内容をはじめ、判型や仕様も毎度異なる。制作の自由度が非常に高く、作家が伸び伸びとパーソナルワークに取り組んでいるような印象は、1冊目のトールビョルン・ロッドランド版から継続して感じ取ることができる。4冊目となる本作は、先述した通りデビッド・シムズとジェイク・チャップマンのコラボレーションから生まれた。デビッド・シムズは、プラダ、ロエベ、ルイ・ヴィトンなどビッグメゾンのキャンペーンをはじめ、i-D、Self Service、Document Journalなど名だたるファッション誌でエディトリアルを手掛けるファッションフォトグラファーだ。90年代初頭からファッション業界の第一線で活躍し続けている。一方、ジェイク・チャップマンは、イアコボス・“ジェイク”・チャップマンとコンスタンティノス・“ディノス”・チャップマンというアーティストデュオとして90年代初頭に一躍有名になり、意図的に過激な題材を扱い賛否両論を呼びながら、2003年にはターナー賞にもノミネートされている。2022年にデュオとしての活動に終止符を打ち、今回は、ジェイク・チャップマンのみがこのプロジェクトに参加している。余談だが、シムズとチャップマンはどちらも1966年、イギリス生まれの同い年である。
本作のクレジットには「Artwork by David Sims, Jack Chapman」と記載されているが、写真は概ねシムズが担当し、その上に施されているペインティングやコラージュをチャップマンが担当したのでは無いかと想像できる。真っ赤に染まった髪の毛が一際目を引くモデルのロイシンを被写体とした写真は、大きく分けてとふたつのジャンルで構成されている。ひとつは、ロイシンがサンモリッツでバケーションをしているようなドキュメンタリー風の写真。豊な自然に囲まれたハイキング、湖でのスイミング、ホテルのベッドでくつろぐ姿。サンモリッツに訪れる人なら誰もが体験するようなシーンが風景写真を織り交ぜながら続いていく。スマートフォンで撮影したような荒い画質と一見雑に見えるほどにカジュアルに切り取られた日常写真とは対照的に、もう一方はいわゆるファッション写真のようにモデルとしてのロイシンがカメラに向かってポーズを決めている写真だ。ホワイトのワンピースを着て湖の桟橋に横たわるロイシンは、まるで映画のワンシーンを見ているかのような詩的な雰囲気がある。そうしたエレガントな写真に加え、山道で大袈裟にポーズをとった写真やスキーのスイス代表ユニフォームを纏って湖畔で滑稽なポーズをとった写真など、ファッション写真の要素を含みながらもそのアウトプットはさまざまだ。ドキュメンタリー(風)写真とファッション写真(のようにポーズを決めている写真)。これらが脈略もなくシークエンスされ、その上にコラージュやペインティングが施される。被写体はその顔や体の色を変え、フォルムはディフォルメされ、なんだか得体の知れない物として出現する。304ページに及ぶこの「何を見せられているのかよくわからない、どこに向かっているのか、どこに着地するかもわからない感じ」は、極めて新鮮だった。なぜなら、写真や写真集を観るとき、特に批評を書く際にはその写真の意味や作家の意図を読み解こうと意識的に、そして無意識的にもある種のフィルターを通して鑑賞することが多いからだ。しかし、シムズの写真を目の当たりにするとそんな推測や分析は、何の意味もないのだと突き放される。きっとサンモリッツ基礎自治体がこのプロジェクトを続けているのも同じような理由なのではないだろうか。わかりやすい観光地の宣伝を打ち出すのではなく、作家にプラットフォームを与え、自由に表現してもらう。すべてが道理にかなっている必要はない。深読みすることなく純粋に写真を楽しむ、その場所にいることを楽しむ。ジャンルも手法も画質もごちゃ混ぜになったシムズとチャップマンの作品を見ながらそんなシンプルなメッセージを受け取った。
レビュアー
安齋瑠納
あんざい・るな|1995年、長野県生まれ。2011年に渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション、ファッションフォトグラフィー学科を卒業後、2017年に帰国。以降、東京を拠点とするクリエイティブエイジェンシーkontaktでプロデューサーとして従事しながら、写真やファッション関連の執筆を行う。
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