カルチャー

ブレンダン・フレイザーを見つけるまでに10年かかりました。

『ザ・ホエール』のダーレン・アロノフスキー監督にインタビュー!

2023年4月6日

text: Keisuke Kagiwada

© 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

ある悲劇をきっかけに、常軌を逸して食べることに執着するようになったチャーリー。『ザ・ホエール』は、そんな彼が死期を悟り、かつて捨てた娘との絆を取り戻そうとする物語だ。チャーリーを演じたのは、2000年代に『ハムナプトラ』シリーズなどで一世を風靡したイケメン俳優ブレンダン・フレイザー。肉布団をまとっての迫真の演技が評価された彼は、今年の米アカデミー賞で最優秀主演男優賞を受賞した。そんな『ザ・ホエール』の監督ダーレン・アロノフスキーにインタビューを決行。実は『ポパイ』との意外な関係がある監督に、本作のことを根掘り葉掘り聞いてみた。

ーー2019年に『ポパイ』で映画特集を作った際、SNSを使っているハリウッドの監督や俳優にDMで「好きな映画を教えてください」と聞くという、やや不躾な企画をやったことがあるんですね。ほとんどの方は当然スルーされたんですが、返信をくれた監督が1人だけいたんです。それがあなたでした。その節はありがとうございました(笑)。

え、そんなことあった?(笑)。ちなみに、僕はなんて答えたんですか?

ーー「yojimbo.most perfect film ever made」。

黒澤明の『用心棒』か。それは間違いなく僕の言葉だね(笑)。

ーーそこで質問です。監督は他でもよく黒澤明監督への愛を公言されていますが、『ザ・ホエール』にもその影響はあったのでしょうか。死期を悟った男が最後で人生を変えようとする姿は、どこか黒澤監督の『生きる』と近いのかなと思ったりもしたのですが。

どうだろう。もし影響があったとしても無意識ですね。今回の映画に関しては、原案であるサム(サミュエル・D・ハンター)の戯曲が、隙がないくらい素晴らしい出来だったんです。だから、どう撮るかについてはその戯曲から着想を得たものであって、他のものを参考にすることはなかった。いつもだったら、スタッフやキャストに僕の目指すトーンを理解してもらうべく、「この映画とこの映画を観ておいてね」って伝えるんだけど。

ーーなるほど。その意味で、『ザ・ホエール』は新しい作り方にチャレンジした作品だったわけですね。ただ同時に、本作には”アロノフスキー印”とでも言うべき、監督ならではのモチーフがいくつか見受けられると思いました。例えば、主人公が”命を賭して何かにのめり込んでいる”というものその1つでしょう。『π』では数字、『レクイエム・フォー・ドリーム』ではドラッグ、『レスラー』ではレスリング、『ブラック・スワン』ではバレエですが、今回の主人公チャーリーも病に侵されてもなお食べることに取り憑かれています。また本作において重要な役割を果たす小説『白鯨』も、クジラを殺すことに命を懸ける男の物語です。こうした物語に惹かれるのはなぜですか?

難しい質問だね。うまい答えを用意する自信はないけど、ただ、僕のキャリアがインディーズでスタートしたということと関係しているかもしれない。予算の都合で、いい奴と悪い奴が登場する派手なアクションものは作れなかったんです。そこで見出したのが、人間の深層心理だったり、思考だったりにフォーカスして、葛藤を綴っていく道。結果として、僕の映画では往々にして、心理状態がとても複雑なキャラクターが登場し、それをさらに掘り下げていくというスタイルになっているのかもしれないですね。

ーーもう1つ監督の映画の重要なテーマとして、宗教、特にキリスト教が挙げられると思います。今作でも、キリスト教系のカルトが登場しますが、こうしたモチーフを扱うのも、今仰られたような複雑な人間心理に肉薄するためなのでしょうか。

それは別の問題かな。西洋人の深層心理には、宗教、特にキリスト教が根付いていると思うんです。ある意味、神話のようなものと言えるかもしれません。そして僕はそれを、物語をより深めるための記号として使っている気がしています。少なくとも西洋の観客は、宗教的なモチーフを扱ってもそれをすぐに理解できますから。

ーーだとすると、今回の宗教的なモチーフについては、今までとは違う捉え方をされたんですかね。これまでは今のお話にもあったように、西洋人の深層心理に根付いた伝統的なキリスト教を扱っていたのに対し、『ザ・ホエール』に登場する宗教は、キリスト教系ではあるもののカルトなので。

そうですね。カルト教団の挿話は戯曲を書いたサムの実体験に基づくものなんですが、僕としてはそれを1つの団体として捉えていたと言えるかな。聖書の言葉を信じる人物も登場しますが、そのモチーフが物語に深く関わってくるわけでもありませんからね。

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ーーこの映画について語るなら、主人公チャーリーを演じたブレンダン・フレイザーに触れないわけにはいきません。素晴らしい演技を披露しているわけですが、一方でこのフレイザーの起用に関しても、あなたらしいなと思ってしまいました。と言うのも、『レスラー』のミッキー・ローク然り、『ブラック・スワン』のウィノナ・ライダー然り、監督はしばしば何らかの事情で一線を退いたスターをカムバックさせていて、ブレンダンもまたその系譜に属するように感じたからです。

いやいや、カムバックさせようだなんて計算はまったくなかったよ(笑)。そもそも彼がこんなにも世界中の人から愛されているとは、キャスティングした当時は知りませんでしたから。それを思い知らされたのは公開後で、嬉しい発見でしたね。チャーリーを演じられる役者を見つけるのは、本当に苦労しました。10年かかったんですから。そんなときにブレンダンが現れて、「彼ならいける」と確信したので、そのまま突っ走っただけなんです。

ーー本作の彼はどの瞬間も目を見張るしかないわけですが、監督として「この瞬間のフレイザーは見逃すな!」というシーンをあえて1つ挙げるならどこですか?

本当にたくさんあるので難しいですね。しかも、彼は1つの感情から別の感情へとジャンプする演技がずば抜けているんですよ。もう本当に目まぐるしいくらいにね。その意味でも、見所がありすぎるんだけど……そういえば最近、本作の1シーンがSNSでちょっとバズってるのを知っているかな? 彼が「人生で1つだけ正しいことをしたいんだ」って語るシーンです。あの台詞は脚本の段階では、そこまで際立ったものじゃなかったんですよ。だけど、彼がその言葉に命を吹き込んだことによって、ものすごい瞬間に昇華された。それをこの目で見られたのも、カメラで収めることができたのも、とても光栄なことだと思っています。だから、そのシーンですかね。

ーー実は私のニュージーランド人の妻は、幼き日にイケメン俳優としてのフレイザーにゾッコンだったようです。彼女はまだこの映画を観てないのですが、予告編の彼を目にして「私のフレイザーがー!!」と叫んでいました。そんな彼女に何か伝言はありますか?

そうなんですね(笑)。では、『ザ・ホエール』のテーマでもあるこの言葉を伝えてください。「本の中身はカバーで判断してはならない」。

インフォメーション

ザ・ホエール

ボーイフレンドのアランを亡くして以来、現実逃避から過食状態になり健康を害してしまった 40代の男チャーリー。アランの妹・看護師のリズの助けを受けながら、オンライン授業でエッセイを教える講師として生計を立てているが心不全の症状が悪化し、命の危険が及んでも病院に行くことを拒否し続けている。しかし、自分の死期がまもなくだと悟った彼は、8年前、アランと暮らすため家庭を捨てて以来別れたままだった娘エリーに再び会おうと決意。彼女との絆を取り戻そうと試みるが、エリーは学校生活や家庭に多くの問題を抱えていた。4月7日より公開。

プロフィール

ダーレン・アロノフスキー

1969年、アメリカ・ニューヨーク出身。ハーバード大学でアニメーションや人類学を専攻、さらにAFIアメリカン・フィルム・インスティチュートでは映画製作を学び、美術修士号を取得。卒業制作作品が注目を浴び、1998年に『π』で長編映画デビュー。低予算ながら大ヒットとなりサンダンス映画祭では最優秀監督賞を受賞。その他の作品に『レスラー』『ブラック・スワン』『マザー!』など。