カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.15
紹介書籍『死んでたまるか 団鬼六自伝エッセイ』
2023年3月15日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
SMの境地とパンクの精神にみる共通項
人の上に立ち、他者を見下す。そんな奴は誰もが嫌う。
人の上に立ち、下に手を差し伸べる。そんな奴はいい奴だけど、憐れみの目線は時に人を傷つける。
同じ目線に立ち、共に肩を並べ、同じ時間や感情を共有する。優しさとは本来こういうものだということを、私は多くのパンクスから学んだ。
パンクスの目線は低い。
なぜなら街の底、社会の下層に生息するからで、下から上にツバを吐くことはあれど、上から下を見下すようなことはない。平凡に暮らし、高みを目指さず瞬間の快楽を追い求め、精神の高揚と退廃を繰り返す。イマを生き、生活者の視点に立ち、同じ目線の高さから他者へと向けられるパンクスの眼差しは弱くとも優しく、ユーモアや人間味がある。
この社会をうまく生き抜くためにはハイキャリア・高収入みたいな高い視座を持つ社会人を目指すべきだろうが、私が憧れ、励まされてきたのは低きにとどまる優しく愚かなパンクスの存在だ。
そんなパンクスに通ずる優しさを『死んでたまるか 団鬼六自伝エッセイ』に感じた。
団鬼六といえばSM官能小説の巨匠。そんな著者の自伝エッセイには、さぞやエロ恐ろしいSM人生が綴られているのだろうと思いきや、低い目線からの優しさでもって、人間味あふれるエピソードが綴られていて驚いた。ライブハウスにいる恐いパンクスの大先輩が、話してみるとめっちゃ優しくてギャップ萌え、みたいな感じだ。
本書で主に綴られているのは著者が人生の中で出会った「ヒト」とのエピソードだ。それは少年期に軍需工場で交流を深めた米軍捕虜に始まり、路地裏の娼婦、底辺に暮らすギャンブラー、空瓶回収のくず屋、近所の酒場のママなど、市井に行きながらもどこかはみ出し気味なヒトたちで、そんな彼らが憎めなくて愛すべき人間に思えるのは、著者の目線の低さのたまものだ。
その目線の低さを象徴するのは著者が62歳の頃のエッセイで、当時すでにSM官能小説の大家であったにも関わらず、彼はしばしば牛丼チェーンの吉野家で一人酒を飲んでいた。牛皿とおしんこに、お銚子三本。その楽しみをこう綴る。
「ここへ出入りする人々のむき出しにした生々しい食欲を見廻しながらチビリ、チビリと酒を飲む気分はこれこそ粋人の飲み方だと感じる事がある。(中略)こうした店で通りすがりにふと見た人とはもうこれで二度と会う事もないと思うと、これもまた一期一会であって人生的な面白さを感じるものだ」(P.189 – P.191)
深夜の吉野家で食事する親子連れにお菓子をあげてつい涙腺が緩んだり、かつて飲み屋で酒を奢った若者と再会して逆に奢られたり。吉野家を舞台に一期一会の人情味溢れる交流をする。そんなSM官能小説の巨匠(62歳)の姿を知り、なんだか私は励まされた。吉野家で一人ちびちび酒を飲むことの「豊かさ」があるのだな。老後の楽しみが増えた。
本書の巻末に収録されている、著者の長女による解説も秀逸。破天荒なSM小説作家の父に家族は大いに振り回されたそうだが、悲壮感はまるでなかったという。
「上り調子の時にはSの気持ちで狂喜し、落ちぶれた時にはMの心境になってそれを楽しむ。それは晩年の度重なる病気においても、人に対しても同じだった。」(P.247)
人生を味わい尽くすための低い目線とSMの精神。パンクスと共通する生き様に、魂が疼いた。
紹介書籍
『死んでたまるか 団鬼六自伝エッセイ』
著:団鬼六
出版社:筑摩書房
発行年月:2023年1月
プロフィール
小野寺伝助
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