カルチャー

イウリ・ジェルバーゼ監督にインタビュー

映画『ピンク・クラウド』公開記念!

2023年1月21日

text: Keisuke Kagiwada

イウリ・ジェルバーゼ監督

 ある日突然、人間を10秒で死に至らしめるピンク色の雲が世界中を覆い、政府は緊急事態宣言を発令。人々は家の中から一歩も出れない生活をおくることに。一夜限りの肉体関係のために出会ったジョヴァナとヤーゴも、なし崩し的に共同生活を余儀なくされるが……。ブラジル映画『ピンク・クラウド』のそんなあらすじを聞けば、誰もがコロナ禍がテーマだと思うだろう。ところが、冒頭で映し出される字幕によれば、本作はコロナ禍以前に撮られていたというのだから驚くしかない。であるなら、このピンク色の雲は何を意味するのか。イウリ・ジェルバーゼ監督に、ZOOMでインタビューを決行した。

——いきなり個人的な話で恐縮ですが、僕は今コロナにかかり、自宅療養中の身です。この映画の劇中には主人公たちがオンラインでコミュニケーションを取る姿が何度も描かれていますが、それを撮った監督にこうしてZOOMでお話を聞かざるをえないことに、奇妙な縁を感じるというか、僕自身が『ピンク・クラウド』の世界に迷い込んでしまったような心持ちを抱いております。

 それは大変ですね。くれぐれもご自愛ください。この映画の撮影はパンデミック前に終わっていましたが、ポスト・プロダクション時にはコロナ禍が始まっていて、一部はリモートで作業しました。その意味で、私もまた『ピンク・クラウド』の世界に迷い込みながら、作っているような感じがしていました。

——そうだったんですね。ただ、今監督が言ったように、本作はコロナ禍前に撮られたわけですよね。だからきっと、この映画はもともと不条理な寓話として構想されていたし、ピンクの雲もあらゆる解釈に開かれたものとして生み出されたのだろうと察します。しかし、今この映画を観ると、どうしたってコロナを意識せざるを得ません。監督自身はそうした状況をどう受け止めているんですか?

 私も最初はそれをすごく心配していました。この映画を観た人が、あのピンクの雲はウイルスだと思ってしまうんじゃないかって。だけど、2021年にとある映画祭に参加した際、たくさんのお客さんが「パンデミック中に思っていたことや、気づいた感情的なこだわりを、プロセスするのにすごく役立った」と言ってくれたんですね。別にセラピー的な映画を作ったつもりはありませんが、結果としてそういう役に立てたならよかったなと今は思っています。

——なるほど、その感想はわかる気がします。ところで、ピンク色の雲は人類に厄災をもたらすわけですが、一方でとても美しいイメージに収まっています。このイメージは、どのようにして生まれたのですか?

 私は制約を設けて仕事をする「ドグマ95」(「純潔の誓い」と呼ばれる10個の制約を設定して映画制作をした、デンマークの映画ムーブメントのこと)のアイデアに非常に共感していて、私にとって初めての長編である本作にも制約を設けたいと思いました。そこでまず一晩だけの関係だったはずの男女が、アパートに閉じ込められて、ある意味で強制的な結婚をさせられるという制約を設け、この状況が2人にどんな影響を及ぼすのかを考えてみようと思いました。

 その上で、じゃあ2人が閉じ込められるのはなぜかと考えていたとき、ふと思い浮かんだのが雲でした。唐突だけど、それがいいなって。この映画のインスピレーションのひとつに、ルイス・ブニュエル監督の『皆殺しの天使』がありますが、あの映画も特に合理的な理由もなくある邸宅から出られなくなる人々を描いていますから。それで、だったらこの雲はすごく柔らかいピンクの色にしたいなと考えました。一見すると害がなさそうなのに、10秒で人を殺してしまうのが皮肉で面白いなって。

ブラジル映画『ピンク・クラウド』
©︎ 2020 Prana Filmes

——そのアパートに閉じ込められた男女、ジョヴァナとヤーゴは、デバイスを通じて外部の知人と連絡を取り、その中には、部屋で一人きりになってしまった女性や、ケアワーカーと2人になった老人などがいます。それぞれに興味深いドラマを持っていそうにもかかわらず、ジョヴァナとヤーゴにフォーカスを絞ったのはなぜですか?

 当初の予定では、もっといろんな人にもフォーカスするつもりでした。だけど、それだとドラマシリーズみたいに長くなりすぎてしまう。今回の映画でそれは無理だということで、結局、ジョヴァナとヤーゴに絞ることにしました。というか、より正確に言うなら、ジョヴァナとピンクの雲ですね。私にとってピンクの雲は、ジョヴァナにいろんな抑圧を与えるある種のキャラクターなんです。

 実際、雲はジョヴァナに彼女が今までやりたいと思ってなかったことをいろいろさせます。例えば、彼女は子供を作ることに興味はなかったけれど、男と2人でアパートに閉じ込められて、他にすることもないから、子供を作ってしまう。その意味で、本作の主人公はピンクの雲だと言えるかもしれません。その雲が牙を剥く相手が、相手が、今回はたまたまジョヴァナだったというわけです。

ブラジル映画『ピンク・クラウド』
©︎ 2020 Prana Filmes

——映画が進むに連れて、最初は仲が良かったジョヴァナとヤーゴは、どんどんすれ違っていきます。その争点のひとつに、外の世界に対する考え方の違いが挙げられると思いました。ジョヴァナは外へ出たいのに対して、ヤーゴは外に出られない生活を肯定するからです。ただ、ジョヴァナはウェブデザイナーで、ヤーゴはカイロプラクターです。仕事においてはウェブという外の世界と触れ合うことがないジョヴァナが外を求め、外の世界と触れ合ってきたヤーゴは外へ出られない生活を肯定する。この対比が面白いなと思いました。

 非常に面白い分析ですね。私自身、考えたこともありませんでした。まず仕事について言うなら、私にとって重要だったのは、経済的なことです。ピンクの雲が出現して以来、ヤーゴは仕事ができないので、2人の生計はジョヴァナが担っている。そのことを強調したかったのです。実際、彼女はヤーゴと息子のみならず、ヤーゴの父の面倒までも、せざるをえなくなってしまうのです。

 また、外の世界への考え方の違いについて言うと、ヤーゴの夢は、愛する女性と結婚して、幸せな家庭を築くという、ごく一般的なものです。一方で、ジョヴァナはそういうルーティンを嫌悪し、結婚にも子供にも興味がなかった。だからこそ、ヤーゴは映画の中の状況にうまく適用できて、ジョヴァナにはできなかった。映画が進むに連れて浮き彫りになるのは、それぞれが未来に期待するものの違いなんです。

——ただ、同時に2人には似ているところもあるように思いました。それは性的な情熱です。一夜限りの肉体関係を求めて出会った2人が、関係が悪化した後にまず何をするかと言えば、別人になりきってセクシーなシーンを演じてみるということです。さらに言えば、家庭内別居になった後も、2人はマッチングアプリで出会った相手とオンラインセックスをしたりする。もし舞台が、若者のセックスに対する関心が男女問わず薄いと言われる日本だったら、ここまで性的な情熱が強調されることはなかったでしょう。これはブラジルの国民性の現れなんでしょうか。

 そうですね、ブラジル人の国民性だと思います(笑)。『ラブ・イズ・ブラインド JAPAN』という恋愛リアリティショーを観たことがあるんですが、面白かったのは、恋愛関係にある日本人の振る舞いが、ブラジル人のそれとまったく違ったこと。言葉の交し方から触れ合い方まで、まるで違うんです。恋愛関係における文化的な差異の探求というのは、私にとっても興味があるテーマです。

——ジョヴァナとヤーゴに加えて、もう1人の重要な人物が、先ほどから話題にも上っている2人の息子リノです。生まれたときから世界がロックダウン下にある彼は、外に行けないことをごく自然なものとして受け止めています。このリノという存在のあり方については、どんな想いが託されているのでしょうか。

 私にとって大事だったのは、リノが男性であるということでした。 小さい男性であるリノは、ピンクの雲を受け入れていて、なんだったら好きですらあるわけです。その意味で、父であるヤードと同じチームに入ってしまう。そのことでジョヴァナはより孤立してしまうという状況を私は描きたかったわけです。ところで、ブルガリアのソフィア映画祭に参加したとき、女性の現地ジャーナリストが「ジョヴァナの生活はリノによって誘拐されてしまったように見えた」と語っていて、面白い意見だなと思いました。子供が生まれると女性の生活は激変します。ジョヴァナとリノの関係がその隠喩に見えたいうのが、彼女の意見でした。

ブラジル映画『ピンク・クラウド』
©︎ 2020 Prana Filmes

——お話を聞いていると、ピンクの雲はさまざまな解釈に開かれてはいるけど、監督としては女性を拘束する社会的な抑圧として描いている部分が大きいんですかね?

 そうですね、それは私がピンクの雲に託した一番大きな意味です。結婚しなさいとか、子供を産みなさいとか、家庭に一生仕えなさいとか、そういう女性に対する抑圧の象徴として、ピンクの雲はあるわけです。もちろん、すべての女性がそうした抑圧に嫌気を感じているわけではないでしょう。ですが、多くの女性が感じているはずだとは思います。

——ありがとうございました。せっかくの機会なので、最後に今のブラジルの映画界について教えてください。特に、監督が属しているインデペンデント映画のシーンについては日本であまり知られていないのですが、どういう状況なのでしょうか?

 私のようなインディ作家は、基本的に公共のお金に頼ってきました。とんでもなく競争率が高い政府主催のコンテストに勝つと、少額ではあるけどお金がもらえて、それで作ってこれたんです。ですが、ボルソナロが大統領を務めたここ5年間は、そうではありません。まったく文化に興味がない彼は、就任してまず最初に文化庁の閉鎖してしまったからです。「米アカデミー賞を取りもしないブラジル映画になんでお金を出さなきゃいけないんだ」というのが彼の意見で、文化庁の予算を軍事費に回してしまったのです。加えて、パンデミックもありましたので、ここ数年はアーティストにとってとても厳しい時代でした。だから、先日の大統領選でボルソナロが敗北して、本当に本当に嬉しいです。

インフォメーション

ピンク・クラウド

突如として、正体不明のピンク色の雲が出現。この雲は10秒で人間を死に至らしめるため、人類は家から一歩も出られない生活を送ることに。デートアプリで知り合ったジョヴァナとヤードもまた然り。最初こそ平和に暮らしていた2人だったが……。1月27日(金)より公開。
(C)2019 Luminary Productions, LLC.

Official Website
https://senlisfilms.jp/pinkcloud/

プロフィール

イウリ・ジェルバーゼ

映画と文芸創作を学び20歳で映画製作を開始。印象に残るダイアローグと内的葛藤を描こうと取り組んできた。これまでに6本の短編の脚本、監督を手がけ、トロント国際映画祭やハバナ映画祭などの映画祭に出品。シュルレアリスムとSFのタッチで描いた『ピンク・クラウド』が自身初の長編映画。現在、2本目の長編となるSF作品や、テレビシリーズを準備中。