カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.12
紹介書籍『サード・キッチン』
2022年12月15日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
新しい世代の選択
パンクとは社会からはみ出したマイノリティが生み出した音楽文化であり、それを嗜好する自分もまたマイノリティ側のつもりでいたんだけど、その考えは最近ぐらぐらと揺らいでいる。
例えばある本をきっかけに男性優位社会を認識してフェミニズムの本を読み漁ったり、ある国会議員の差別的な発言をきかっけにジェンダーに関する本を読んだり、BLM運動をきっかけに人種差別に関する本を読んだりすると、自分は少数派ではなく多数派の人間であることを自覚する。
それだけでなく、過去の自分が無知なまま平然と差別的発言をしていたり、無関心なまま男性優位社会でのうのうと生きていることを自覚させられて、辛い気持ちになる。辛いままじゃ嫌なので、もっと知ろうとして本を読む。何冊か本を読むとなんとなくわかった気がして声高に正論を述べたりする。そういう発言をした瞬間は気持ちがいい。しばらく経ってその発言を振り返ると、当時の自分は全然わかってなくて、ゾッとしたりする。
そんな事を繰り返していると「自分は間違っているのではないか」とか「もっとわかってる誰かから否定的なことを言われるのではないか」という恐怖心が芽生え、発言をしなくなる。
自分の無知や差別感情に向き合うのは体力がいる。ましてや忙しい日々の中でストレスを抱えながら生活していると、限られた時間の中で「差別」に向き合うための読書よりも、かわいい猫の動画を見ている方が精神の均衡が保たれる。パンクスの基本姿勢は反差別だなんて嘯きつつ、ここ最近は考えることから逃げていたのだけど、そういう態度も違うよなぁと気付かせてくれたのは最近読んだ「サード・キッチン」という小説だ。
主人公はアメリカに留学した学生の尚美。英語がうまくできないために友達もできず、日本人に向けられる偏見や差別に苦しむ彼女はその環境においてマイノリティだった。ひょんなことから人種や性別などあらゆるマイノリティの学生が共同で運営する食堂に参加することになり、そこで彼女は自分自身の中にあるマジョリティ性や偏見、差別意識を自覚することになり、葛藤しながら成長していく。と、いうのが話の筋書きだ。
主人公の尚美が自分の無知や無関心を自覚するように、本書を読んで私も自分の無知や無関心を自覚した。これまでいろいろな本を通じて「差別」についてある程度知識を身につけたつもりでいたけれど、本書を読んで新しく知ることも多かった。人種やジェンダー、宗教や出自といったあらゆる「差別」についてを広く取り上げ、深く掘り下げていて、しかもそれを小難しい社会派小説みたいな感じでなく、誰もが読みやすい青春小説という形で描いてくれているので、学びながらも疲れずに読み進めることができる。
本書の中で「無知は差別なのか?」という主人公の問いに対し、問われた学生はこう答える。
「差別的言動の言い訳に『知らなかった』を振りかざすことや、『知らないからそっちが教えろ』って態度が問題。その延長線上に差別だってある。」(P.211-P.212)
この部分を読んで、差別的な発言をしたことに対し「差別のつもりはなかったが、誤解を招いてしまったのであれば申し訳ない」みたいな謝罪をする何人もの国会議員を思い浮かべた。無知であること自体は差別ではないが、無関心を決め込み無知であることを選択すると、それは差別へと繋がっていく。
だから、無知であることではなく、知ろうとすることを選択しなければならない。そして、そこには100点満点の正解などなく「知ろうと努力した結果、100%理解できました」なんてこともない。だからこそ本書の主人公は散々葛藤し、もがきながら、それでも「考え続ける」ことを選択する。その態度はとてもかっこよくて、パンク的に思えた。
人は考えることをやめ、自分を更新することを諦めたときから、年老いていくのかもしれない。久しぶりに会った友達から「なんか最近老けたな」と言われるのは、増えてきた白髪のせいではなく、考えることから逃げていたためかもしれない。
本書の主人公の成長を通じて自分もまた考え続けたいと思ったし、巻末に収録されている柚木麻子さんの解説を読んで「声高に正論を述べるのはやめよう」と思うことをやめようと思った。
紹介書籍
サード・キッチン(文庫)
著:白尾悠
出版社:河出書房新社
発行年月:2022年11月
プロフィール
小野寺伝助
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