カルチャー

これから普段使いしたい新しい店。/代田橋 バックパックブックス

2021年4月14日

普段使いの東京案内。


photo: Koh Akazawa
illustration: OBAK
text: Ryota Mukai
2021年5月 889号初出

3畳ひと間の超狭小空間には、6000m級の山の話が詰まっている。

 代田橋駅南口を出るとすぐ目の前、客が2人も入れば満員御礼。3畳ひと間の超狭小書店、それが『バックパックブックス』。その狭さは沖縄『ウララ』を超え、おそらく日本一だ。面積こそ狭いが、天井高を生かし、バッグやTシャツなども壁にディスプレイ。そのごちゃつき具合がまた楽しい。

「もともと、八百屋の冷蔵庫があった部屋なんです。散歩中にたまたま見つけて」と話す店主の宮里祐人さんは代田橋に住んで3年。「この町はカフェも居酒屋もほとんどが小さな個人商店で、すごく暮らしやすい。ただ、駅近に本屋がないことだけがずっと惜しいと思っていました」。昨年の10月に物件を見つけて以来、出版社勤務との二足のわらじを履きながら、コツコツ開店準備を進めてきた。書棚も、店先のベンチも、あらゆる什器がDIY。

 店内にはアメリカのニュージャーナリズムの文学作品や映画、音楽の書籍、漫画など、宮里さんの蔵書と、自身の職歴を生かしてセレクトした新刊が並ぶ。旅雑誌『LOCKET』を扱うことからわかるように、店の軸となるのは“旅と山”。社会人になってから登山にハマったというが、そのレベルは半端じゃない。なんでも、登るのに最も苦労した山はアルゼンチンのアコンカグア。南米最高峰で、標高はなんと6960m! 「2週間かけて体を高度に慣らすんです。植村直己も眺めた山頂からの景色は格別で、彼の自伝『青春を山に賭けて』も読んでいたのでなおさら。そのときは有給休暇中でしたが、自営業になったので、うまく時間を作り、旅や山登りをしたいです。経験を積むほど、お客さんとの会話も面白くなりますしね」。山に詳しくなくとも彼の経験談の数々は刺激的。「山は歴史も面白いんです。富山県の剱岳では近くの郷土資料館にも立ち寄って山岳信仰を知りました。映画『劒岳 点の記』が描くように、恐れられたこの山はその昔未開の地でした。『立山風土記の丘』という本でもその状況がよくわかる。資料館でいただいた宝物なので売りませんが、話はできますよ(笑)」。とことんディープな山トークは十分面白いけれど、店にある本や好きな映画も交えて教えてくれるから、俄然理解が深まる。

 ひとたび足を踏み入れれば居心地の良さはまるで友達の家のよう。ただ買うだけでなく、狭さゆえ自然と生まれる会話も含めて楽しむ、そんな“町の本屋”本来の在り方を、この店は教えてくれる。

後に映画化もされたノンフィクション『荒野へ』、親交がある川本三郎さんの『マイ・バック・ページ』もお店を象徴する一冊。
駒沢敏器の棚も。なかでも宮里さんおすすめは、アメリカの田舎に住む人々のルポルタージュ『語るに足る、ささやかな人生』。

インフォメーション

バックパックブックス

入り口右手が宮里さんの定位置。オープン日は、敬愛する作家で翻訳家の駒沢敏器の命日でもある。
◯世田谷区大原2-17-12 ☎なし 13:00〜21:00 不定休 営業日はツイッターで確認を。

Twitter
https://twitter.com/backpackbooks29