カルチャー
あの人のリーディングリスト。Vol.7
選書: 水野しず
2022年10月3日
illustration: Kenichi Watanabe
cover design: Fuya Uto
text: Shizu Mizuno
edit: Yukako Kazuno
あの人はどんな本を読んでいるのか?
気になるあの人たちのリーディングリストを教えてもらう連載。
第7回は水野しずさん。
『あなたのセックスがつまらないのは資本主義のせいかもしれない』
クリステン・R・ゴドシー(著)・高橋璃子(翻訳)
伊東に一人で旅行に行ったときに地元の書店で面白そうだなと思って買ったのですが、レジをの女性が本のタイトルを見てかなり険しい表情になっていたのが印象的でした。私は本を読む量が多いので特定の本のタイトルと自分の現状を紐づけて解釈をしないのですが、確かに観光地の本屋さんをやっている方からしたら、一人旅行をしている女性客がこのタイトルの本を買っている状況に何かしらバックグラウンドを見出してしまうのも止むを得ないかもしれません。
そもそも、女性が「セックスがつまらない」という視点を持つこと自体、地方都市のムードからはややもすると反抗的と言うか反社会的なフレーバーがあります。東京だったら普通に受け入れられる視点だと思うのでむしろ出先で買ってよかったかもしれないと思いました。
「つまらない」だとか「面白い」だとかいう視点ってどちらかというと瑣末なものとして扱われですが、忖度では誤魔化せない領域なので、特定のイデオロギーからくる抑圧が強まっている状況下ではかなり重要な感覚なんじゃないかと思っています。セックスがつまらない、と言われるとセンセーショナルですが、損得無関係だからやってて最高に楽しかった色々に利益が浸透してきて義務感でやらされている部活やバイトみたいになってしまう現象ってかなり幅広い領域で起こりうる(起こっている)ので、様々な「つまらなさ」に応用して捉えられる本でした。
『眠れない一族 食人の痕跡と殺人タンパクの謎』
ダニエル・T・マックス(著)・柴田裕之訳
この世で最も恐ろしい奇病は? と考えた時に、私の結論はプリオン病(甲乙つけがたいので全部のプリオン病が一位)でした。クロイツフェルト・ヤコブ病やクールー病に代表されるプリオン病ですが、この本にはある特定の遺伝形質を引き継いだ一族に発症する「致死性家族性不眠症」について書かれています。中高年以降に発症し、発症すると一切の睡眠が不可能になり衰弱して2年程度でその名の通り、死に至る。主な死因は全身衰弱や肺炎。どれだけ衰弱し切っても意識は克明なまま想像を絶する疲労困憊にさいなまされて、そのまま強度の消耗状態に陥り死亡する。現代も治療法は皆無。極めて珍しい病気ではあるものの、日本でも数家系での発症が報告されていて難病指定を受けているそうです。
不活性化が途方もなく困難で、一つのプリオンが悪性化すると連鎖的に正常なプリオンが致死性に変質し、土壌に埋めても分解されることはなく、なんの役に立っているのかも分からない、自己増殖する特異なプリオンタンパク質。著者もプリオン病患者である為に読み味の緊張感もひとしお。医療の世界に蔓延る金満主義やノーベル賞受賞者の無節操な功績泥棒(訳者評)具合も総合的にままならなさのハーモニーを奏で、狂おしいほどのスリリングさで読者に迫ってくる一冊です。
『民間人のための戦場行動マニュアル』
(株)S&TOUTCOMES/(一社)危機管理リーダー教育協会 川口拓(著)
例えば核攻撃をされたときに、あるいはジュネーブ条約で禁止されているはずの生物兵器や神経毒による攻撃を受けた時に民間人が真っ先にとるべき行動が書かれています。核攻撃を受けた直後は、放射性降下物が毛髪に付着するのを避ける為にトリートメントは使用しないほうがよいというのは初耳でした。一見実利的な本に見えますが(実際にそうなんですが)、「核攻撃されたらどうするか」って一回冷静に考えてみたことがある人とない人では、ちょっとした日常会話における説得力や印象深さが一段階変わってくる気がするんですよね。非常事態について具体的な状況を想定して徹底的に考えてみることで常時への観察力や視点の入射角が一気に増えるというか。実際この本にもベースライン(日常的に当たり前になっているもの)の観察方法が書かれていたりして、案外、文章を書いている人なんかにもすごく役にたつ本かもしれないと思いました。
『生物から見た世界』
ユクスキュル・クリサート(著)
「目に見えないものを信じますか?」と聞かれた時に思い浮かべるのがこの一冊です。生物は、種ごとの感覚器官のあり方に応じた知覚世界に基づいて、独自の認知世界を構築している、行動は刺激に対する反応ではなく独自の「環世界」に応じているのだと唱えたユクスキュル。見えるもの、検証可能なもの以外はオカルト領域のものと分類してしまう極度に機能主義的な考え方は、あくまでそれが有用である時に限定的な範囲内で用いられるべきであって、紋所のように人に見せびらかすものではありません。全ての生物は環境から選択的に知覚し、その中からある基準を持って判断しているだけなのです。
例えばSNS上で話がどうも噛み合わない人に対して「この人にはこの人の環世界があるのだ」と考えると話が早いかもしれません(対話が始まらないで済むという形で)。
プロフィール
水野しず
みずの・しず | 1988年生まれ、岐阜県多治見市出身。コンセプトクリエイター、ポップ思想家。武蔵野美術大学映像学部中退。ミスiD2015グランプリ受賞後、独自性が高いイラストや文筆で注目を集める。新しいカルチャーマガジン『imaginary』編集長。著書に「きんげんだもの」がある。
Official Website
https://www.mizunoshizu.com
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