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【#3】もう会うこともない

2022年4月26日

text & illustration: Reiji Fukitsu
edit: Yukako Kazuno

 「ナインソウルズ」(2003年 豊田利明監督)という映画を観ました。9人の受刑者が脱獄するお話です。胸がカーッと熱くなりました。そして映画を観ながら、私の人生にも、なんと「脱獄」に日常を狂わされた数日間があったことを思い出しました。

 あれは2012年の1月11日。当時私は高校生で、広島市内の女子校に通っていました。いつものように授業を受けていると、たしか昼頃だったか、先生がとんでもない臨時ニュースを運んできたのです。「広島市内の刑務所から、囚人が脱獄した」!!。クラスは騒然。特に詳しい情報もないまま、授業・部活はすべて中止され、一斉下校を命じられました。先生達もなんだかソワソワと楽しそうにしており、退屈な日々を送る我々生徒たちにとってはもちろん、脱獄騒動は大歓迎でした。

 脱獄中の男の噂はどんどん広まりました。彼は刑務所で朝の体操中に塀をよじ登って脱獄。点々と血痕を残し、広島市内へ逃走、というかなり大胆なことをしたようです。そしてそんな彼の名前が…とても可憐だった!皆、親しみを込めて脱獄犯の名前を呼びました。いまその名を口に出してみると、懐かしさが込み上げてきます。そんな訳で以降、仮名でLさんと呼びます。

刑務所のLさんイラスト

 大人しく家に帰れるわけもなく、私は友達と広島の街へ遊びにいきました。遊ぶといっても、街を無意味に徘徊するという慎ましいものです。思いがけず、街は同じように臨時下校になった高校生たちで溢れかえっており、皆口々にLさんの話をしていました。様々な学校の生徒たちが同時出現するのは初めてで、制服は眩しくまるでお祭りのようでした。そうやってはしゃぐ生徒たちの間をLさんは風のようにすり抜けたのかもしれません。

 翌日になってもLさんは捕まらず、私はその状況に多幸感を感じていました。駅伝の選手を応援するような気持ちです。そんな中、広島市内でLさんがやったと思われる空き巣が報道され、「缶ビールが飲まれていた」というニュースに、私は笑い転げました。頑張れLさん!警察に負けるな!

 祈りも虚しく、Lさんは3日後に広島市内で捕まってしまいました。缶ビールの他に、飴玉20粒を盗んでいたことも発覚しました。彼は中国にいる家族の安否を確認したくて脱獄したと供述したそうですが、「同情の余地はあるが、ダメだ。」と審判されまた刑務所に入ったとニュースで知りました。逃走中のLさんと私は、もしかしたら広島市内ですれ違っていたかもしれません。退屈な高校生活にいっときの興奮をくれたLさんに感謝します。

プロフィール

不吉霊二

ふきつ・れいじ | 1997年生まれ魚座の漫画家。2020年「あばよ〜ベイビーイッツユー〜」でデビュー。イラストレーターとしても活動中。4/28〜5/6には高円寺FAITHで個展を開催予定。