カルチャー
「メーターのないものに突き動かされて」。石井“EC”志津男さんの80年と“ネクスト・ディケイド”/中編
書籍『Tail of Riddim レゲエとストリート・カルチャーの話 1979―2020』刊行記念ロングインタビュー!
photo: Kazuharu Igarashi
text: Fuya Uto
cooperate: Kosuke Ide
2026年1月18日
1983年に創刊したフリーペーパー『Riddim』の発行人であり、これまでレゲエ専門レーベル「オーバーヒート・ミュージック」代表として、ジャマイカの音楽文化を日本に根付かせた石井“EC”志津男さん。功績は凄まじく、イラストレーターの原田治さんが手掛けたオサムグッズの考案をはじめ、日本初のダブ・バンドMUTE BEATのマネジメントを務めるなど多岐に渡る。そんな知る人ぞ知るレジェンドの石井さんに、前編では幼少期をはじめ、雑誌『POPEYE』の創世記に携わっていたこと、伝説的レゲエ映画『ロッカーズ』を日本に配給した経緯まで伺った。中編は同時期にニューヨークに住む数々のアーティストと巡り合い、一冊のガイドブックを制作した話から! 時計の針を82年まで巻き戻そう。
1980年代初頭のNYで体験した“メーターのないもの”。
「82年当時、やっぱり時代はニューヨークだったんですよね。クラブミュージックなど新しい音楽が、アートが次々に生まれ、とにかく燃えていました。キース・ヘリングやバスキアもまだ20代前半でそこまで有名じゃなかったから、行けば普通に顔見知りになれて。それで、僕もどうしても同地に3週間ぐらい滞在したかったから、資金が潤沢だった近代映画社に『今の時代はニューヨーク観光ですよ! ガイドブックを作ります』って企画書を書いて持ち込んだんです。結果はOK、300万円くらいもらって、ギャラリーとクラブへ夜な夜な通い詰めたのでした」
そうして82年に出版したのが「ニューヨーク・シティ・ブック」だ。やはり先見の目がある石井さんが編集長だっただけに、普通のガイドブックではない。一見なんてことない表紙をめくってみると驚愕、次のページにはキース・ヘリングの最初の個展に際したオープニングパーティの取材記事がドーンと取りあげられ、バスキアが“ニュー・アーティスト”として飾られているじゃないか! 他にも幻のコミック誌『RAWマガジン』の発行人の取材記事、社会問題となったコークの小話など、かつてのリアルなニューヨークが浮かび上がる鋭いネタばかり。
「アートが好きで作ったら、こんなガイドブックになってしまって。パーティ、ギャラリー、壁画ばかり載せても普通の観光客にとっては全くガイドにならないわけで。めちゃくちゃな作りで恥ずかしいから、本当は見せたくないです(笑)。騙すって言ったら変だけど、人のお金で行って……ねえ。『パラダイス・ガラージ』といった名のあるハコはもちろんですが、ソーホーもまだ倉庫街の頃なので、毎晩どこかしこで盛り上がっていて。アフターアワーズ(クラブやライブハウスで営業終了後の朝方から始まるディープな時間)もあった、めちゃめちゃ面白い時期です。まあ、エイズが出てきて下火になっちゃったけど、80年代前半は凄まじかったんですよ」
世界のアートシーンやクラブ文化に大きな地殻変動が起きたアツい時代を「体験」してきた石井さん。平成生まれの筆者でもわかるように過不足なく話してくれたその情景は、魅惑的でありつつも、どこか危うい。自らの足を使って感性を肥やし、翌年83年にはついにレゲエ専門レーベル〈オーバーヒート〉を立ち上げた。
「何でも自分でやりたいと思ってたんですよね。勤めている人には申し訳ないのだけど、会社を大きくする野望はなくて。もちろん儲けたい気持ちは多少ありましたが、一番ではなく、かっこいい/かっこわるいとか、“メーターのないもの”にそそられるんです。例えば音楽も、隣の人は『良い曲だね』って言っても自分は『そうでもねえよな』って思うことがあるでしょう? 音は音量や音質などメーターがありますが、音楽の良さにはない。絵も文も写真もそう。受け手によって物差しがあって、全く琴線に触れるところが違います。親友でも同じ物差しを持っているとは限らない、そんなものに自分は動かされてきたのかもしれないです。自分の目線でジャッジできることが一番楽しいと思うんですよね」
親友ゲイリー・パンターとの邂逅。
ゲイリー・パンターのLP『PRAY FOR SMURPH』。裏面は、1983年に石井さんの招聘により来日したときのペインティング作品と本人。
たしかに、受け手によってさまざまな余韻を残す作品は豊かだし、きっと手掛けている本人こそ“メーターのない人”な気がする。〈オーバーヒート・レコーズ〉として1発目のLP『PRAY FOR SMURPH』の作者であるゲイリー・パンターは、まさに石井さんにとって「真のアーティスト」だという。
「ゲイリーとは、その頃にLAのメルローズで知り合ったんです。壁面をギャラリーとして運営しているカフェ『シティカフェ』で、彼の代表作・Rozz-Toxが6点ぐらい飾られていて。見たときにあまりに感嘆したから、店のマダムに作り手の電話番号を聞いてみると、さらっと教えてくれて、訪ねて行ったら友達になったんです」
シカゴにあるピカソの鉄の彫刻からインスパイヤされたというペインティング作品Rozz-Toxは、フランク・ザッパのアルバムジャケットにも起用された。アンタイトルだけど、モチーフは奥さんなのではないかと噂されている。「色々な説がありますけど、ゲイリー曰くピカソ作品は奥さんと犬が合体しているそうで。ゲイリーの作品は、シカゴ出身の偉大なシンガー、ジェームス・ブラウンが合体してるとか」
繰り返しになるけど、ビビッときたものへ迷わず飛び込む力強さ、その嗅覚にただただ驚く。後にコミック誌『JIMBO』の作者であることを知った石井さんは、日本版の権利を取って出版、『DAL-Tokyo』いう4コマ作品は『Riddim』で連載をスタート。また、かつて南青山の骨董通りで3年ほど運営していたギャラリーで個展を催したりして親交を深めていった。2025年の6月、アメリカはダラス郊外にある自宅にも遊びにいったばかりだ。
「彼はその昔LAに住んでいたんですが、80年代にブルックリンに移り、2年前に生まれ故郷のダラス郊外に戻ったんです。いわゆる漫画家ではなく、ペインティングはもちろん、陶器やビーズで作品を作ったり、サイケデリックなライトショウをしたりと、その時に興味があることを表現する真のアーティストですね。同じことをやりたくない人だから、作風もどんどん変わっていきます。当時83年はレコード熱があり、手伝おうということでウチから出したのが、アルバム『PRAY FOR SMURPH』。もう人生半分、40年以上続く親友なんです」
貴重なコミック誌『JIMBO』の日本語版。以前、POPEYE Webのポッドキャスト番組「これDOW!?」でも触れているのでぜひ聴いてみて!
少し話はズレるけど、ここで2人のアツい関係性がわかるエピソードに触れさせて欲しい。聞けば『Riddim』で掲載されたゲイリー・パンターの漫画は、もともと他媒体で連載していたものをまとめて預かり、小分けにして掲載していたもの。そのストックが底をつき、辞めようかと相談したときのやりとりだ。
「恥ずかしながら『Riddim』のギャラはすごく安いわけです。フリーペーパーだし、かっこいいものを作りたいけど、さまざまな限界があって。新たに描いてもらうとなると、とても巨匠に払う金額でないから終わりにしようと伝えたんですが、彼はこう言ったんです。『EC、オカネじゃない。締め切りがあるってことは、俺の作品が1個増えるってことなんだよ。やめなくていい』って。表紙を描いてもらうときも、『ごめんね、いつも小さいお金で』と手紙を送ると、『そんなことはない。俺にジャストサイズだ』って返答がくる。すごいでしょう、本当に痺れる男なんです」
当然ながら、ジャマイカのマスター・ライツ(原盤)もめちゃくちゃ保有している。
金や名誉ではなく、友達を大事に、どこまでも純粋に好きでやってることの尊さたるや。僕なんかは、と微笑み謙遜する石井さんもその一人である。『Riddim』を37年間で349号も発行し、自身のレーベルからはCDとシングル、LP合わせて総数350枚以上をリリース。「パトワ語も英語も1+1=2くらいの簡単なものしか喋れない」と言うなかで、これまで70回ほど現地ジャマイカへ足を伸ばしてきた。間違いなく自身の人生を大きく左右してきたのはレゲエ然り、ジャマイカの友人たち。時間をかけて接するなかで、彼らから教わった大事なことがあるーー
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