カルチャー
シシ踊りの踊り手・富川岳さんの現在地とこれから。/前編
著書『シシになる。──遠野異界探訪記』を巡って。
photo: Masaru Tatsuki
text: Fuya Uto
2025年10月17日

妖怪、山人、天狗、ザシキワラシ……この世ならざる気配に満ちた遠野には、いまも見えないものたちの世界がある。その扉をひらいたのが“シシ踊り”だった。
というのは、今年6月に亜紀書房から刊行された『シシになる。──遠野異界探訪記』の帯文。思わずギョッとしつつも好奇心がそそられ、読み進めると、今では忘れられつつある「わけの分からないもの」や自然との関わり方をグサっと突きつけられているようで興味深い。ひょんなことから岩手県遠野市に移住した著者が、郷土芸能「シシ踊り」の踊り手となり、人とシシを行き来していく様子を描いたノンフィクションだ。
著者は富川岳さん。都内の広告会社に勤務した後、2016年に遠野へ移住。はじめは地域活性化プロジェクトの一環で訪れた遠野だったが、民俗学者の父・柳田國男が生んだ『遠野物語』に出合って以来、少しずつ捉え方が変わっていった。次第に、400年前から東北地方で受け継がれてきたシシ踊りにのめり込んでいく。今では民俗学をベースに執筆業や地域観光事業を生業に、先述した「人とシシを行き来する」生活を送っていて……と、ここまでは本書を読めばわかる話。では、富川さんはどういうふうに暮らしているのか? 土地と深い関わりのある芸能を出身の異なる者が身を置くことに、葛藤や不安はないのだろうか? 「シシ」という仮面を脱いだ素顔を知るべく、今年のお盆にインタビューを敢行! 遠野市鱒沢地区にある自宅にお邪魔して、まずは青年期の過ごし方を伺うと、意外な答えが返ってきた。
高校野球で培った負けん気と
ものづくりへの劣等感。
「野球が根底にあるんです、僕は。新潟で生まれ、10歳から高校生まで野球漬けの日々で、高校は公立の長岡高校に進学しました。当時もやはり甲子園に行くのは私立が多い傾向でしたが、そこは県内でもそこそこの進学校。ただ、幸いにも同世代に力のある選手が集まったので、高2の秋は県大会を優勝した強豪校でもあったんですね。結局3年生の夏は負けちゃいましたが、日々の練習をとおして、私立に絶対負けないぞっていうマインドが培われました」
習い事や部活の経験が、自分の人生の土台となることは少なくない。広告業界を経ての作家と聞いていたから、スポ根的なノリで驚く。そんな富川さんだけに、大学でも野球を続けるかと思いきや、興味の矛先はぐるりと方向転換することに。
「文化的興味もあったので、美大を目指したんです。ただ、いざ予備校に通い始めようとしたら、既に高3の夏なんて他の人はガッツリ絵を描いている時期で。圧倒的な経験の差に心が折れてしまい……、とりあえず現役で入れる大学を探して群馬の高崎経済大学に入学しました。周りはほぼ市役所職員や銀行員になることを目指す空気でしたが、心残りがあった自分はそこで唯一広告を学べるゼミに入って。はじめてコピーライターという存在を知り、漠然とかっこいいなあと惹かれたことを覚えています」
卒業後は大手広告代理店のグループ会社に就職。東京の赤坂に出勤し、忙しさのあまり徹夜することもしばしば。道のりは決して順風満帆ではなかったという。
「コピーライターになりたくて入ったはいいものの、配属されたのは営業でした。自分はクリエイティブ畑に行けなかったんです。デザイナーやクリエイティブ・ディレクターを見ながら、夜中まで営業資料を作って、予算管理をして、日中はクライアントに怒られてみたいなことをやっていて。自分がものを作る当事者ではない劣等感をずっと持っていました。チャレンジもできないし、正直できる立場でもなかったですね」
導かれるように出合った遠野は
芸能のまちだった。
憧れた職業の壁の高さを感じつつも、広告という仕事自体は好きだったからイヤにはならなかった。地道に仕事を続けて、プロジェクトを任される立場にも。ちょうど遠野へ地方活性化事業で訪れたのもこの頃だ。2015年の12月、気温はマイナス8度だった。
「東京でぬくぬく過ごしてきた自分にとって、絶望的な寒さだったんですよね。しかも本格的な冬になると、マイナス20度近くまで下がると聞いて、住み込みでの仕事は無理だと思い最初は断ったんです。でも、同行していたデザイナーさんから『甘ったれるな』と説教を受けて(笑)。まあずっと東京にいるイメージが持てなくて、地方で自分の活動をしたいなと思っていたタイミングでもあったので、思い切って移住したんです」
かくして富川さんが住んだのは宮守地区。遠野の市街地と花巻空港の間にある山あいのエリアだ。聞けば、当時は民俗学や人類学にノータッチの人生。にもかからわず、今や踊り手として歩を進めることになったのは、やはり民話の世界観そのままに、温かくもどこか妖しげに迎え入れてくれた遠野の“地域性”が深く関係している。曰く「集落の人と話していたら、やっぱりシシ踊り(芸能)の話になる」とのこと。その言葉を聞き、取材前に道を尋ねた70歳くらいの老人が、筆者にこう語ったことを思い出す。
「あ〜駒形神社の社務所はバス停の前。んだがら俺はそこで笛を吹くわけさ。でー、あの前から自転車でこっちに来ているおじさんは太鼓が上手な人」




荒川駒形神社は、古くから馬産地である遠野を代表する神社。この地の人々は生活を支えてきた馬を大切に、繁殖と健やかな成長を願ってお参りしてきた歴史を持つ。境内には数多くの絵馬が奉納されている他、町の田んぼの側などにも馬頭観音の石塔が立っている。
これぞ遠野。富川さんによると、約2万3千人の人口のうち、半数が関わっている芸能のまち。シシ踊り、神楽、南部ばやし、さんさ踊り、田植踊と種類はさまざま。現在60を超える団体が、祭りはもちろん、五穀豊穣を祈ったり、お盆で死者を弔うために躍動する。実際、遠野は古くからこの類の話題が尽きない。『遠野物語』然り、さまざまな作家や学者が魅せられ、物語にしたり、研究・考察してきた。シシ踊りに関しても、宮沢賢治は初の童話集『注文の多い料理店』で収録し(興が乗ると自らも踊っていたそう)、岡本太郎は体感した光景を『日本再発見――芸術風土記』で残している。そんな地にはじめて訪れた人にもわかるように、順序立てて話を続ける。
「盆地」という土地が育んだ、遠野のコスモロジー。
「面白いですよね、僕もようやく慣れました。岩手県は北上高地という1000メートル級の山々に囲まれているんですが、遠野はポツンとその真ん中に位置している盆地。街道が7つ通っているため、昔から沿岸や内陸の方の経由地として、人々が往来していた歴史があります。そのことを文化人類学者・米山俊直さんは、“小盆地宇宙”と提唱していて」
「どういうことかというと、まず山側に縄文文化が、里に弥生文化が、町の中心部に江戸時代が根付いていると。それに熊など野生動物だけではなく、お盆になると死者が帰ってきたり、カッパ、座敷わらし、山の神、山男など異界のものたちが語り継がれ、で、人々の日常に芸能が根付いている側面もある。こうしたさまざまな文化が盆地の中で結びつきながら同居しているという考え方なんですね。遠野には一つのコスモロジーがあることを僕も師匠から教えてもらい、感動しましたね」
山々に囲まれている遠野は平野部が少ない寒冷地なので、当時はお米を作る力もそこまで強くない。生産力が乏しく、移動もしにくい。閉鎖空間だからこそ、外から流れてくる文化をどう上手く自分たちの生活に工夫しながら汲み取り、育むか。今見えている姿は、先人たちが盆地という土地と向き合いながら思案してきた結晶なのである。来るもの拒まず、ではないけど、そんな精神が地中深くにどっしり根付いているのは間違いない気がする。なぜなら、富川さんは現在所属する「張山地区」の団体に「いいんだいいんだ、まず踊ってみろお」と引き込まれ、ある日突然シシになったのだから。
プロフィール
富川岳
とみかわ・がく|1987年、新潟県長岡市生まれ。都内で広告会社勤務を経て、2016年に岩手県遠野市に移住。2018年から「張山しし踊り」の踊り手として活動する。〈株式会社富川屋〉代表として、民俗学をベースに様々なプロデュースや文化振興を行う。来年2026年に遠野市で古本屋をオープン予定。著書に『本当にはじめての遠野物語』(遠野出版)、『異界と共に生きる』(生活綴方出版部)、『シシになる。──遠野異界探訪記』(亜紀書房)がある。
Instagram
https://www.instagram.com/gaku.tomikawa/
Official Website
https://tomikawaya.com/
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