カルチャー
実験的番組の断片を拾う「蓋展」。上出遼平さんに聞く。
2021年12月14日
text: Neo Iida
photo & movie: Kazufumi Shimoyashiki
その番組は、深夜いや未明に、テレビ東京でひっそりと始まった。テレビ局が電波の送信を停止する“停波帯”と呼ばれる午前3時〜4時台。わずか10分のあいだに、パソコンのデスクトップ、監視カメラの映像、YouTuberらしき女の子の動画などがランダムに流れてくる。放送されるやいなや「放送事故?」「怖い」と口コミが広がった。
タイトルは『蓋』。渋谷の“蓋”の下に潜む暗渠となった渋谷川を軸に、東京の地下に視点を向けた番組だ。手掛けたのは、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』のプロデューサーである、テレビ東京の上出遼平さん。アーティストのDos Monos(ドスモノス)とのコラボレーションのもと制作され、全15回にわたり放送された。
放送はすでに終了し、配信予定はないという潔さ。しかし全てを見ても全容が掴めなかった人、あるいは世界観にのまれてしまった人のために、現在渋谷ヒカリエの8階にあるイベントスペース「8/ CUBE」で「蓋展」が開催されている。貴重な『蓋』の映像を視聴できるほか、その世界を理解するための様々な資料が展示されている。オリジナルグッズも販売中だ。また、会場に隣接する「COURT」では、「不届 炊き出し」と銘打った謎のイベントが12月14日、15日に開催されるという。
会場にいた上出さんに、『蓋』について話を聞いた。
――そもそも、番組はどういう経緯で始まったのでしょう。
まず「地上波を使ってDos Monosと何らかの試みをする」という出発点があり、僕たちが番組制作を始めるのと同時に、彼らがアルバム制作をスタートさせました。それがちょうど番組が始まる1年前。『蓋』の1周目(9月7日〜9月14日までの全5回)では各話ごとに何らかの新曲を流していて、実は暗渠の奥の反響音もそう。最終回が放送された9月14日にはそれらの曲を収録したアルバムがリリースされました。タイトルの『Larderello』は世界で初めて地熱発電を実用化したイタリアの街の名前ですし、収録曲も「暗渠」「地下熱」など、どれも番組に通底するコンセプトと同じものが流れています。
――Dos Monosのアルバムのプロモーションにもなっているんですね。
そうです。なので番組も、アルバムと同時に発表された「medieval」「21世紀ノスタルジア」のMVも、ビジュアルプロダクションを手掛けるmaxillaに制作をお願いしました。なのでMVの中に暗渠や監視カメラの映像が登場します。
――『蓋』の構想は昔からあったんですか?
いや、なかったです。ただずっと暗渠が好きだったんです。僕の生まれ育った街の唯一の観光名所が「小平市ふれあい下水道館」っていう下水道に入れる市の施設で。なので、地下にはなみなみならぬ思いがありました。
――地下世界って、ちょっと憧れますね。
海外だと、実際に地下に住んでいる人がいるんです。でも日本にはいない。下水道に詳しい人に話をきくと、雨が一滴でも降ったら作業をやめて撤退しないといけない“一滴ルール”があるくらい、危険な場所なんだと。なので実際に住むのは難しいとしても、渋谷は特に暗渠が多いし、もし自分が家を失ったらどこに逃げ込むかなと思ったときに、地下が頭に浮かんだんですよね。
――『蓋』が描くのは渋谷の地下ですが、渋谷って、確か数年前に工事して駅の地下に大きなタンク(渋谷駅東口地下雨水貯留施設)があるんですよね。
そうです。渋谷駅の地下ってすごいことになってるんですよ。断面図にするととんでもない。東横線をはじめ、地下鉄の路線がいくつも走っていて、そこに貯水タンクが収まっている。
――地上も地下も、再開発によって形を変える街ですよね。
都市化するなかでジェントリフィケーションが起こるわけですが、渋谷は特に顕著です。宮下パークができたときにも抗議の声があがりましたよね。僕がこの番組を作ろうと思った直接的なきっかけは、幡ヶ谷のバス停で女性が殺されてしまった事件があったことです。なんでバス停で寝なくちゃいけなかったんだろう、邪魔だって言われなきゃいけなかったんだろうって。
――渋谷区のなかで起こった事件でしたね。
でも、街を開発するというと一見デベロッパーが悪者のように見えますが、消費者の需要の結果でもあります。我々が、清潔で、異物が少なく、安全な空間を求めてしまっている。『蓋』は商業施設であるヒカリエが協賛してくれているという点でも、すごく大きな意味があると思っています。
――映像的なところでも、「なんだこれは?」と衝撃を受けました。
シンプルにテレビで驚かせたいし、観てる側としても驚きたいじゃないですか。でも“驚かせる”とか“驚く”って、今はあまりよくないものとされていますよね。テレビは安心安全を届けるもの、というか。
――コンプライアンス重視ですしね。
そうです。演者さんが馴染みの人たちと当たり障りのない話をしたり、旅をしたりする番組も、もちろん素晴らしいと思います。お茶の間が賑やかになるわけですから。でも、それだけだとテレビに期待しないと思うんです。安心を届けるだけでは何も生まれなくなってしまう。テレビは自分で自分の首を締めているんじゃないかと。
――テレビでできないことは配信番組やYouTubeで……という制作側の動きもありますよね。
でも、地上波だからできることをやりたいわけですよ。だから僕は、形式として“驚かせる”っていうことに執着しているんです。それとは別に、先ほど話したようなジェントリフィケーションや居場所の問題のような、伝えたいこともちゃんとある。
――驚きにも通じると思うんですが、番組中、説明がほとんどないところも新鮮でした。
探せば色々とヒントはあるんです。完全な持論ですけど、遊びって、自分で何かやるから面白い。受け取った喜びって頭打ちだと思ってるんです。だから僕は山に行くとか、頭と体を使って楽しむことが大好きで。テレビってサービスを先鋭化させていって、視聴者が受け取りやすいものを一方通行に与えていくじゃないですか。受け取る側は何も考えなくていいから、喜びは大きくない。でも、『蓋』は逆なんです。視聴者がガッと来てくれないとまったく楽しめない。でも、不親切は悪じゃないと僕は思っていて。
――撮影はどうやって進めたんですか?
少人数かつ短時間で撮り切るために激長三脚というのを開発しまして。三脚のてっぺんにGoProをつけて、渋谷のあちこちに配置して。オンエアと同じ時間に撮るようにしていたので、朝の3時くらいにスタッフが7名くらい渋谷に集まって、全員野球で撮影しました。『ハイパー』は僕ひとりでロケに行ってたので、それより人数が多かったですね。
――大変ですね……。
でも、テレビ的な手法で撮るものが何もなかったんです。監視カメラとかGoPro、演者が持ってるスマートフォンくらいですから、いわゆるプロのカメラマンが存在していない。逆に大事だ ったのは美術の作り込みですね。地下世界の住居を作るために、中国からアフリカまで、地下に住居を構える人たちの住まいを調べまくりました。 あとは、ハッキングの PC画面が番組のベースなので、そこもかなり手間をかけています。ハッカーに話を聞き、リアルなハッキングソフトウェアを見せてもらいながら、Maxilla の松野(貴仁)さんにデザインしてもらいました。
――作りが細かい! 「蓋展」で販売されているグッズにも「あっ」となるようなロゴや写真がプリントされていて。
グッズもそうですが、ネットにもいろんなヒントをばら巻いています。能動的に楽しもうとしてくれるとどんどん楽しめる。だからこういうリアルな場にも、ぜひ足を運んでほしいんです。
――服が山積みになってる展示室の匂いも、なんともいえませんでした。
あれは下水の匂いです。ロケしたときの服なので、匂いが染み付いちゃってるんですよ。超汚いと思います。でも都市の匂いなんですよね。
――『蓋』を制作してみて、周りからの反応はどうでした?
業界の人たちはすさまじく興奮してましたね。テレビが好きな人ほど、「これを求めていた!」っていう感覚があるんだと思います。
――続編も作ってほしいです。
今のところ予定はありませんが、こういう番組作りが少しずつ続いていったらいいなと思っていて。テレ東の深夜の停波枠といわれる空白地帯を使いながら、視聴者とコミュニケーションとれる場にしていく。今回の「蓋展」のように、リアルな空間に繋げるのもそうです。収益化を含めて課題は多いですけど、ちゃんと形にしていきたいと思っています。
インフォメーション
「蓋展」
12月14日(火)、15日(水)には同8階COURTで「不届 炊き出し」を開催。
12月16日(木)に上出遼平✕TaiTan(Dos Monos)✕若林恵トークイベントを開催(詳細はこちら。応募期間終了後も、当日席が空いていれば参加可)。
https://www.hikarie8.com/cube/2021/12/post-105.shtml
Twitter:@HYPERHARDBOILED
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