カルチャー
廣瀬純が語る、スピルバーグ監督の映画のクセ。
2021年11月25日
illustration: Shinji Abe
coordination: Catherine Lealand
text: Keisuke Kagiwada
監督がついやりがちなあるある演出に注目。
そこには大切なことが隠されている。
アライグマは何でも洗ってしまいますが、映画監督にも、一人ひとり、どんな題材でもついやってしまう同じ演出がある。「この監督のクセはこれだ」と一言でまとめてみるのも、映画を楽しく語る方法のひとつです。
『ブリッジ・オブ・スパイ』は、おじさんが自分の顔を鏡に映して自画像を描くシーンから、『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』は、タンタンが似顔絵を描いてもらい、骨董市に並ぶ無数の鏡の前を歩くシーンから始まります。1つのカットの中で、おじさんは3つ、タンタンはさらに多くの数に増殖する。この共通点から、「スピルバーグのクセは、同じものを何度も反復することだ」と言ってみましょう。そして、他の作品にも同じクセを探してみましょう。すぐに気づくのは、同じものの反復が、時に「翻訳」というテーマと交差していることです。奴隷問題を扱った『アミスタッド』では、自分たちがアメリカに連れてこられた経緯をアフリカ人がメンデ語で語り、そのすべてを通訳が英語に訳して弁護士に伝え、それをさらに弁護士が法廷で丸ごと繰り返します。観客は同じ話を3度も聞かされるわけです。
同じものの反復にはどんないい点があるのか。観客は1度目で話を理解しているので、2度目以降は純粋に映像と音響を楽しめるようになります。『未知との遭遇』でも、「こんにちは!」を宇宙語に翻訳し、地球にやって来る宇宙人に挨拶することが問題になっています。着陸する宇宙船に向けて、シンセで「ピロリロリ♪」と奏で、それに合わせて多色発光パネルも点滅させる。これだけでも、「こんにちは!」は既に音と光とで二重なわけですが、地球人たちはそれに飽き足らず、その後も「ピロリロリ♪」と放光を高速で何度も反復する。この無限増殖によって、音と光は「こんにちは!」の意味を超出し、純粋に物理的な力の塊になります。宇宙人からしたら、「なんで何度も挨拶されなあかんのや、帰るで」って感じでしょうけど。このシーンでは「ピロリロリ♪」という挨拶の言葉がいちいち光でも反復されるわけですが、言葉で語られたことを映像でも見せずにはいられないのも、スピルバーグのクセです。『ブリッジ・オブ・スパイ』の主人公も、東ベルリンに行く際、仲間から「気をつけないと身ぐるみ剥がされるぞ」と注意されるのですが、実際、東ベルリンに入った途端、街の不良集団が待っていて、コートを剥ぎ取られてしまいます。
『A.I.』のように、同じものの反復が悲劇となる場合もあります。自分は「スペシャルな」存在なんだと信じていたデイビッドは、生みの親である博士のラボで、自分と瓜二つのロボットが大量生産されているのを目の当たりにしてしまう。ここでの同じものの増殖は、誰も特別ではなく幾らでも代わりがいるという残酷な現実を突きつける。『シンドラーのリスト』の無数のユダヤ人も、全員が同じものの反復として存在し、そこに悲劇があるわけです。
監督のクセに着目すると、こんなふうに映画を語れるわけですが、最後に私から練習問題を出しておきたいと思います。新海誠のクセは何か。宮崎駿のクセは「風」に関わります。これをヒントに、新海のクセを25字以内でまとめてみてください。
語り・廣瀬純
プロフィール
廣瀬 純
ひろせ・じゅん|批評家、龍谷大学教員。1971年、東京都生まれ。映画から政治哲学まで幅広く論じる。主な著書に『シネマの大義』『シネキャピタル』『絶望論』『美味しい料理の哲学』など。
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