カルチャー
あの「サコッシュ」の名店にじっくり話を聞いてみよう。
武蔵小山で50年超、老舗山用品店の「名品」誕生の裏にあった、宮川さんの「嘘」。
2021年3月9日
photo: Koh Akazawa
text: Kosuke Ide
2019年5月 865号初出

「〈みやがわ〉のサコッシュ」といえば、もう『ポパイ』読者にはお馴染みのはず。誌面でも何度取りあげたか思い出せないくらい。武蔵小山の商店街の脇道にある、年季の入った緑色の看板テントに、「山用品の店 みやがわスポーツ」の字。またこの「みやがわ」ロゴが何ともシブくて、それもここのサコッシュに惹かれてしまう理由でもあるのだけど、もちろんそれだけじゃない。シンプルなスタイルのこのバッグが、とにかく丁寧な作りで、ピシッと堅牢に作られているから。こんなシブいサコッシュを、店主の宮川孝さんがひとつひとつ手を動かして縫っているなんて、実に素晴らしい! と思うけれど、そういえばこれまで、宮川さんに深く話を聞いたことはない。というわけで、ぜひインタビューを、と申し込んだら、「ん? ポパイ? 去年も出たからもういいじゃない。話してる間に、何個か縫えちゃうんだからさ」ときた。お仕事のお邪魔してすみません、ぜひよろしくお願いします!


ミシンが壊れ、タグが切れたら店を閉めるという「嘘」。
「俺は地獄で閻魔様に舌抜かれちまうね。2度も嘘ついてるんだから」
店の右奥にある小さなスペースに鎮座するミシンの前、という「定位置」に座ったまま、宮川さんはへへっ、と悪戯っぽく笑う。「ずっと『ミシンが壊れたら商売やめるよ』って言ってたんだからね」。よく見れば、確かに以前使っていた古いミシンが、新しい機種に替わっている。
「一昨年、40年以上使ってたミシンがついに壊れちゃってね。〈ヤエカ〉さんの注文分がまだ残ってて、納期が迫ってたから、仕方ないよね。すぐ翌日、新しいミシンを買いに行ったんだ。前のは終戦直後の頃のミシンで、すごく柔らかく縫えるの。だから解くのも楽で、修理しやすかった。現代のモーターだと、すごくきっちり縫えるんだけど、雰囲気が違うんだよな。まあそれだけしっかりしているとも言えるんだけど」


ミシンを新調して商売を継続することになったのだから、僕らも〈ヤエカ〉に大感謝しなけりゃならないわけだが、そもそもこのサコッシュが生まれた背景には、宮川さんのもうひとつの「嘘」があるとか。
「70歳近くになった頃、残っている〈みやがわ〉のタグを使い切ったら、この店を終わりにしようと思ってたんだ。このタグはもともと、店をオープンして4年目くらいの頃に作ったもので、一生使い切れないくらい在庫があったの。それを処理しようと思って、トートバッグを作り始めたら、店によく来ていたライターの女の子が『雑誌に紹介させてほしい』と言ってきた。それまでずっとそういうのは断ってたんだけど、ウチのおっかあが『最後なんだからいいじゃない』って言うもんだから、いいよと言ってね。そこから、その雑誌を見た『ポパイ』のライターからスタイリストの山本康一郎さんに繋がって、彼の依頼でサコッシュを作ったら、全国から注文が来るようになったというわけ。何ていうか、自動車でバックで車庫入れして『さあ終わりだ』と思ったら、そのまま後ろ向きで高速道路に出ちゃった感じだね。もう大変(笑)。毎日、ケツ追われてるよ。だけどまあありがたいことだよ、77歳のじいさまにこんなに仕事があるんだからさ」
突然のブレイクから数年、めでたくタグの在庫は払底し、織りネーム屋さんに再発注することになった。


ミシンとともにあった「みやがわ」の半世紀。

見るからに歴史あるこのお店、創業は何と1968年! 東京・世田谷出身のシティボーイ(曰く、「当時の世田谷は畑だらけで、ぜんぜんシティじゃなかったよ」とのこと)、宮川さんは当時26歳だった。
「以前働いていた石井スポーツの創業者の方が、店を出すなら武蔵小山の方もいいんじゃないと仰ってね。当時、ここにはもうアーケードの商店街があって、『東洋一』なんて言われてたね。山手線の周辺にはすでに大ベテランのお店がたくさんあって、入り込む隙間がなかったから、ここにしようと。だから地縁なんかまったくないんだよ。でも、何も助けがないから、甘えずに一生懸命できたんだろうな。当初は定休日もなかったんだ。今で言えば『ブラック企業』ってやつだな(笑)。でも、自分とおっかあだけだからね」
当初は国産メーカーのOEMで作ったオリジナル商品を販売していたが、「そのうち、アメリカやヨーロッパから洒落た道具が入ってくるようになったら、ピターッと売れなくなった」。数十年も長い間、商売を続けていれば、いいときも悪いときもある。しかしその間ずっと宮川さんの仕事を傍らで静かに支えてくれたのも、やっぱりミシンだった。
「シャツやズボンの裾上げとか、ザックに開いた穴の修理だとか。俺は気が短いから、今すぐに直してあげたくなるんだよ。ミシンをかけるのが好きだったから、苦にならなかったね。自分を偉く言うわけじゃないけど、俺、遊びって好きじゃないんだ。景気がいいからといって手を広げたりもしなかった。今だって、定休日もシャッター下ろして、ここでミシン踏んでるよ。やんなきゃいけない“宿題”がいっぱいあるからさ。でも、俺も立派な後期高齢者なんだぜ。この年なら、もっと他にやることあるだろうって思うんだけどね」
そう苦笑いすればするほど、僕らは宮川さんがお元気でまだまだこの仕事をしてくれることを、心から願ってしまう。こんな店、世界中を探してもそうあるもんじゃない。隣では奥様の清美さんも、「ウチの人、きっちり作んないと気がすまないんだよ」と誇らしげに微笑んでいる。「最近、香港の店から注文が来て、初めて外国に商品を送ったんだ。保険やら何やら、知らなかったことばかりで大変だったよ。だけど、ある意味で勉強になったね」と語る宮川さんの顔は何だか嬉しそう。
「今年で51年か。もう半世紀だよ。俺も進歩がないねえ」
こんな「嘘」なら、きっと閻魔様だって許してくれるに違いない。
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