TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
CULTURE

【#4】ちょうどいい。

2021.07.30(Fri)

自分で言うのもなんだが、私はとても“ちょうどいい”男である。

“ちょうどいい”の反対は“ちょうどよくない”だが、
たとえば、高級腕時計を嵌めておきながら仕事はまるでできないというような人は、見ていてちょうどよくないなと感じてしまう。

自分で言うのもなんだが、私は自分の身の丈にあった洋服を着ているし、身分相応のご飯を食し、たまに仕事の力量に見合う程度に本やレコードを買ったり、リベラのステーキが食べられたりしたら十分という、年間を通じてちょうどいい生活を送っている。

小学生の頃の自分の写真を見ると、現在もまったく変わらない身なりをしていることに愕然とすることもあるが、それすらも自分の中ではちょうどいいと思っている。
とにかく、ちょうどよさに関しては誰にも負けない自信があります。

かなりちょうどいい私は、10年くらい前に中古の一軒家を買った。
もともと家を所有したいという願望などは、想うことすら許されないと自分で思っていたが、
当時は仕事がまったくうまくいっていなかった時期で(高級腕時計をしていなくてよかった)、
このままだといま借りているマンションの家賃を払い続けるのはきっと困難になる、
それならいっそ35年ローンで購入したほうが月々の支払額はだいぶ低くなるであろうという、
やむにやまれぬ事情から、あわてて物件探しを始めたのである。

ネットで「東京 中古 戸建 ちょうどいい」で検索しまくっていると、ちょうどいい物件が見つかった。
どういう具合にちょうどいいかというと、築年数がそれなりに経っているのと、そんなに広くないためそこまで高くない、でも高級住宅地にあるということ。
小学生のような身なりをしていながらもそれなりの立地の良いところに住んでいる、というのも私にとってはちょうどいいように思えたのである。

ちょうどいい甲斐あって、銀行の審査も通り、そのちょうどいい家に住むことになった。
車庫もちっちゃいが、もともと所有していた車がちっちゃかったので、猫がダンボール箱の中でぎゅうぎゅうになって寝ているがごとく、めちゃくちゃフィットしていてちょうどよかった。

高級住宅地ゆえにまわりは豪邸だらけで、真向かいの邸宅などは当時、某有名プロ野球選手の家族が住んでいて、その車庫スペースだけで我が家の総床面積にコールド勝ちしていた。
その野球選手が残した通算成績からすると、その大豪邸はとってもちょうどいいように見受けられた。

かように私はかれこれ50年近く、ちょうどいいことを念頭に生きてきた。
こんな生き方は特に誰からも支持されることはないが、誰にも迷惑をかけないため、批判をされることもなかった。

しかし、ひとりだけ私のちょうどいい至上主義に異論を唱えた人物がいた。
山本美憂、山本“KID”徳郁、山本聖子というスーパー格闘きょうだいを育て上げた父・山本郁榮氏である。
大学に入学してからレスリングを始めたにもかかわらず、全日本選手権3度の優勝、1972年のミュンヘン・オリンピックにも出場を果たした天才レスラー・郁榮氏は、我が子たちに独特の英才教育を施したのだそうだ。

その教育法のキーワードは「大きく、広く、高く」。
高級腕時計と同じく、“ちょうどいい”とは真逆のコンセプトばかりである。

たとえば、子どもへのプレゼント。
それが高価な物であるか否かはどうでもいい、大事なのは「サイズ」だという。
「とにかくでっかいやつを与えてやったんだ。でっかいものばかり見て育つと自然と器の大きな人間になるんだよ。だからガンダムのプラモデルがほしいって言ってきたら、とにかくいちばん大きなやつを買ってあげていたね」

たとえば、家族で外食をするとき。
料理がうまいかまずいかはどうでもいい、大事なのはお店の天井の「高さ」だという。
「とにかく天井の高い、広いレストランを選ぶようにしたよね。広々としたところで過ごすと、大きな気持ちを持ち、物事を広い視野で見ることができるようになる。だから子どもたちをホテルニューオータニの最上階とか東京タワーに連れて行っては、ずっと眼下の景色を眺めさせたよね」

郁榮氏自身も子どもの頃、親から同じ教育を受けて育ったために、何事にもまったく物怖じしない性格を手に入れたのだという。
「そうなったら自分の子どもたちもそうやって育ててやらなきゃ。だから3人とも全然物怖じしないじゃない」

たしかに。

“ちょうどいい”を邁進してきた私の人間としての器は小さい。
大きな気持ちなど生まれて一度も持ったことがないような気がするし、物事を広い視野で見た記憶もまるでない。

“ちょうどいい”は、じつはちょうどよくなかったのか?

ちょうどいいオチがまったく思いつかないのだが、
昨年「4度目の結婚」を果たし、快記録を更新中の山本美憂のことを、
私は尊敬の意味を込めて“山本プロ”と呼んでいることをここに記しておきたい。

プロフィール

井上崇宏

1972年生まれ。『KAMINOGE』の編集長。同雑誌の編集を行う編集プロダクション「THE PEHLWANS」の代表も務める。instagramはこちらから!
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