TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
CULTURE

【#3】 この道をゆけばどうなるものか。

2021.07.23(Fri)

 「俺、港区生まれの港区育ちでマジのシティボーイだから、逆に“ポパイエ”とかマジ読んだことねぇから」

六本木駅上にオフィスをかまえ、社員60名を擁するIT企業の社長である伊藤健一(45歳・仮名) は、「東京・港区生まれの港区育ち」がとびきりのアイデンティティー。

『POPEYE』を「ポパイエ」と読むやつもマジいねぇからと思うのだが、港区生まれの言うことだからと、私も一瞬(えっ、ツウはそう呼ぶのか?)とひるんでしまうところが情けない。
きっと伊藤も私と同じプロレス者であるから、『INOKI BOM-BA-YE』(猪木ボンバイエ)的なことで発語してしまっているんだろうと思われる。

「俺、港区生まれだから逆に外車とか乗らねぇから。マジでレクサスだから」

ある日、仲間たちと六本木で食事をしたあと、伊藤が私ともうひとりを自慢のレクサスで順番に家まで送ってくれることになった。

「まあ、いいよ。俺んち、こっからマジ5分なんだけどさ」

ひとり目の自宅は大田区某所。「ああ、あのへんね。港区とはマジ雰囲気の違う土地だけど、わかるわかる」と深夜の東京をスイスイと駆けていく。

「すご〜い! 伊藤さんって道詳しいですね!」

助手席で無邪気に伊藤を調子づかせるのは、何を隠そう、世界最強との呼び声高いRIZIN女子スー パーアトム級王者の浜崎朱加である。

「俺、港区生まれだからさ。浜崎さんは山口出身でしょ。生活とかマジ不便だった? やっぱいつかは港区に住みたいとかある?」
「私、山口も大田区も好きですけどね......。あ、ここでいいです。ありがとうございました」

世界トップレベルの勝負師である浜崎さんは、試合でも、言葉でも、マウントを取られることをとにかく嫌う。
浜崎さんがしらけた表情で自宅よりもだいぶ手前で降車していったことに、伊藤はまったく気づいていなかった。

「浜崎さんに道詳しいってマジ褒められちゃったよ。で、井上さんちは世田谷だっけか」
「申し訳ない。でもこの時間帯だと20分くらいで着いちゃうと思う」
「だね〜。最近、岡山の実家には帰ってる? やっぱ夜とかマジ人いない?」

そのまま環七をまっすぐ北上さえしてくれたら20分。
なのに伊藤はふたたび山の手方面へとレクサスを走らせている?
 おかしいなとは思ったが、港区生まれのすることだからと「スーパー近道でもあるのかな」と考え、そのまま私は物思いにふけっていた。

(「40にして惑わず、50にして天命を知る」と言うが、俺は40になったとき、まだまだ全然惑いまくっていた。だからこうして50を目前にしても、天命を知りそうな気配がまったくない な......)

そう、野球を見ていると、いまだに自分もホームランが打ちたくなる。
サッカーを見れば、いまだにゴールを決めたくなる。
おいしいお寿司を食べたら、いまだに寿司職人になりたくなる。
素晴らしい絵画を見ると、いまだに絵描きになりたくなる。
素敵な写真を見ていると、いまだに写真家になりたくなる。
おもしろい漫画を読んでいると、いまだに漫画家になりたくなる。
長瀬智也のインスタを見ていると、いまだに長瀬智也になりたくなる。
音楽を聴いていると、いまだにバンドを組みたくなる。
格闘技を見ていると、自分なら入場曲は何にするか真剣に考えてしまう。
プロレスを見ていると、自分ならどんなスタイルのレスラーかを本気で考えてしまう(赤面症なので覆面はマスト)。
いまの知恵と経験を持って、小学生あたりからやり直し、大人たちから末恐ろしいと思われたい。
ついでにブルーハーツの曲を、ブルーハーツよりも先に作って、伝説になりたい。
長州力をずっと見ていても、どこまで計算でどこまで天然なのか、いまだにまったくわからない。
(ああ、まったく定まらない。俺はなんという歳の取り方をしてしまったんだ......)

はっ。
ふと我に帰ると、なんとレクサスは五反田から首都高に乗り、わずか数分でふたたび六本木に降り立っていた。

「いやさ、なんで1回六本木に戻った?」
「これがマジ近道なんだよ」

港区生まれの港区育ちの言うことが絶対ではないと、私はこのとき確信した。

「なわけあるか」
「俺、港区生まれだから六本木スタートじゃないとマジ道がわかんねぇんだよね(笑)」
「マジで言ってんのか。まあ、こっからだと246をまっすぐ行ってくれたら30分くらいで着くか ら」
「そのさ、246ってのがよくわかんねぇんだよな。港区生まれだから逆に246とかマジ興味ねぇんだよ」

愕然とした。伊藤は港区生まれの港区育ちなのに東京の道をまったく知らなかった。

 「じゃあ、なんでさっき浜崎さんちのほうへはスイスイ行った?」
「おばあちゃんちがあのへんでさ、子どものときからマジよく行ってたから、あのルートだけは 奇跡的に知ってたんだよね」
「とにかく次の交差点、あれが246だから」
「あれが246か。マジ毎日通ってるわ」
「左に曲がってとにかく真っ直ぐだから。マジ頼むよ......」

(それにしても俺は株や投資でうまくやっている人を見てもまったく憧れないが、宝く じで3億当選したとかいう話を聞くと心底うらやましいと思ってしまう......)

俺はお金儲けのためだけに生きたくはないが、降って湧いた3億はほしい。
もし3億当たったら、そのことを誰まで話すか真剣に悩んでしまう。
そして3億の使いみちを5パターンくらい考えてしまう。

(すると結局、しかるべきところに寄付などをする気はまったくないことに気づき、そんな自分がちょっぴりきらいになる......)

はっ。

ふと我に帰ると、レクサスは六本木交差点で左折したきり、一度も信号にひっかかっていないことに気づいた。

「ごめん、なんか東名に乗っちゃってた。俺、もう港区から外に出るのマジやめるわ......」

ああ、45歳にしてこんなにも道に迷いっぱなしの男がいる。
だが、それを知ったところで私の惑いが消えるわけではまったくなかった。

プロフィール

井上崇宏

1972年生まれ。『KAMINOGE』の編集長。同雑誌の編集を行う編集プロダクション「THE PEHLWANS」の代表も務める。instagramはこちらから!
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