TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】頬張る景色

執筆:濵本奏

2026年10月10日

「この場面も遠い遠い、自分なりの覚え方しかしてへん思い出になってしまうな。」(井戸川射子、『ここはとても速い川』、講談社、P38)
この小説の主人公、集(しゅう)は、忘れたくない瞬間を目の前にすると、鼻の頭を中指で弾いて目をつむる。それを、カメラのシャッターの代わりにする。

これを読んだとき、ずっと忘れていた自分の癖を思い出した。幼いころの私にも、忘れたくない景色や、好きなものを見つけたときにする、シャッター代わりのおまじないがあった。

夏の間じゅう世話をしていたベランダのプランターに、ようやく実った小さなピーマン。

毎晩夕飯を平らげると皿に現れるプリンセスの絵。
母が、「今日は誰が出てくるかな?」と言いながら配膳するので、私はドキドキしながらご飯を食べた。昨日と同じ表情、同じポーズのプリンセスやんけ、と気がつくまでには時間がかかった。

祖父母の家からの帰り道、車の後部座席の窓に貼りついた雨の雫。祖母が持たせてくれたおにぎり。アルミホイルに包まれていて、しばらく経ってもあたたかかった。

冬の公園で、震えていたのでマフラーをかけてやると、丸くなって眠りこんだ野良猫。
マフラーを返してもらうと、途端にくしゃみが止まらなくなり、猫アレルギー体質であることが発覚した。

雪の積もった朝に作った雪だるま。落ち葉で耳をつくって、うさぎだるまにしたんだった。

ずっと取っておきたいけれど、そうもいかないものたちを、どうしても持って帰りたかった私は、目の前の景色を掴むように右手で掬って、口にほうりこんだ。

すうっ ごくん

飲み込んだ空気は気道を下って、ぽとんと腹の底に落ちる。
そうすることで、それらが私の体の一部になることを知っていた。

あのころ集めた大事なものたちが今もずっとここにある。
まだカメラを手にするよりもずっと前から、目の前の景色や感情を閉じ込めて、ずっと仕舞っておくために、私はシャッターを切っていたことを思い出した。

プロフィール

濵本奏

はまもと・かなで|2000年生まれ。壊れたカメラでの撮影や、フィールドレコーディングなど複数の手法を横断し、即興的な写真展示や個人出版を通じて、人間・非人間・場所の空白に残る「記憶」を記録している。2025年に個人レーベル「真珠出版」を立ち上げ、同年に写真集『ー・・』を刊行。

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