TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】「マズくてウマい」は「イケてる」のか?

執筆:中村友貴

2026年10月1日

 尊敬と憧れの気持ちはあるものの、できれば会いたくないと思っていたその人は、ある日突然僕の店に現れごはんを食べてくれて、苦笑いしかできないようなはなしをああだこうだと終わらぬギターソロのように一方的に喋ったあと、「鶏の汁かけ飯、ボクは美味しいとは、言い切れません」と残して帰っていった。その人は飲食店をやっていて、経営者でもあって、たまに文章も書く、食べ物や飲み物について音楽のことのように語る人。その人の書く文章のイメージや、聞いていたウワサ通りの振る舞いで、痺れたし、信用できるなと思ったし、正直もっと好きになってしまった。

「美味しい」とか「いい店」とか、本来ならば数値化されないしできないことばかりを普段考えたり喋ったりしている。「イケてる」とされている店を知ったり、実際に行ってみたりすると、別に自分は「イケてたい」わけじゃないのに「イケてない」おのれの身の丈を知ってしまい(主に売上のこととかで)落ち込んでみたりもする。

 全国総インスタ映え時代なんてとっくのとうに過ぎ去り、「ダサい」や「イケてない」「マズい」さえも数字を伴うブランディングの餌食となって、もはや本当にダサい店やもの、マズい食べ物も、また逆に本当の意味で「イケてる」ものや人も、じっと目を凝らして、耳を澄まし、鼻を利かせて、自ら街へ飛び込まないと見つからないんじゃなかろうか。「ダサいのがイケてる」ものも、「マズいのがウマい」ものも、もっとたくさんあった気がするのに。せっかく街を歩いて店に入るならばさ、ラッキーもアンラッキーも自分の足と言葉で楽しみたいじゃん! こちらの物差しが問われている。

 いつから世界は、こんなにも「正しく」「イケてる」ものばかりになってしまったのだろう。もっと、「干物とダブって似てるんだよね〜」とか「海外のストリートでコーヒーをドリップして現金稼いで帰ってきました」とか、「正しくない」のに「イケてる」はなしをたくさん聞きたいのにさ。

2025年の秋には、ラッパーの友人と2人でラップとごはんのツアーを5か所まわったりした。世界初のHIPHOPユニット。その時の旅をまとめたリトルマガジンは湯湯で販売中。

 いやいや、そんなことないか。まだまだ街の隙間には、気づいていないし見えていないだけで、無数の真っ当なはぐれ者たちが、真っ直ぐにゆがみつつ店をやっている。もしくは正当に、真っ向から、実直な商売をしている。曇っているのはオレのかけてる色眼鏡だった。こういうときに比べるべきは、自分と同じラベルが貼られているであろう気の合う隣人やライバルではなく、メニューひとつで一日何百人もさばいている近所のラーメン屋だったり、何十年と粛々と臨時休業も短縮営業も無しに営業を続けている喫茶店だったりが筋であろう。そのラーメンやコーヒーの隣に置いて恥ずかしくないものを、けれど面白くもあるものを、店では出したいと思っている。まだまだだけど。

 冒頭の人物が、また突然、店にやって来た。たまたま知り合いが来ていたようで、ビールで乾杯し、『食堂 湯湯』の定番のひとつ「ソーソー飯」を注文した。ソーセージと玉ねぎを具材にごはんを炒め、鹿児島のシャバいソースで味つけし、目玉焼きをのせた焼きめしだ。麺の入っていないソバめしのような、駄菓子屋で出てきそうな、まかないめし。頃あいを見計らって席に運んだソーソー飯を食べてひと言、その人は言った。「マズいのがウマい!」。「マズくてウマい」は「イケてる」のだろうか? 正直な感想に苦笑するしかなかったが、どこか嬉しい自分もいた。果ての見えない飲食地図の細い路地裏で、「正しくない」けど「ウマい」めしを作りたいと思っている。

ソースとソーセージで「ソーソー飯」。「鹿児島で昔から食べられているソウルフードで……」というウソの説明込みで味わってほしい!

プロフィール

中村友貴

なかむら・ゆうき|1991年、鹿児島県生まれ。大学進学を機に茨城県つくば市へ移り、6年ほど在住。2017年に鹿児島に戻り、カフェの店長を務めたのち、2023年から鹿児島市名山町に『食堂 湯湯』をオープン。朝7時30分から開店する食堂内で、本、CD、レコード、器、食材などの販売と、展示やLIVEの企画を行っている。

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