TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】どこにでもある中華を、ケニアで探す

執筆:大前プジョルジョ健太

2026年4月13日

早朝5時30分。
土砂降りのナイロビ空港に降り立った。

アフリカに来た、と思うより先に、寒い、と思った。
気温は12度。勝手に想像していた灼熱の大地はどこにもなく、空気は芯まで冷たかった。
はじめて来る土地で、しかもひとり。寒さに心細さまで混ざって、身体の奥からじわじわ冷えていく。

到着ロビーには、朝っぱらから大声で話す中国人たちがいた。
どこに行ってもいるな、と思った。
その脇を、ケニア人なのか周辺国の人なのかも分からない、縮れた髪の人たちが次々に通り過ぎていく。
空港にいるだけなのに、世界の輪郭が急に描き変わったみたいだ。

私がケニアまで来たのは、観光のためではない。
きっかけは、二か月前にInstagramへ届いた一件のDMだった。

送り主はアキさん39歳。
日本の鉄道会社で働く運転士だ。

「プジョルジョさんの番組を見て連絡しました。私は3年間、ケニアのスラムの子どもたちに医療寄付をしています。まだ現地には行ったことがありません。支援している子どもたちに、一緒に会いに行ってくれませんか」

知らない相手とアフリカのスラムに行く。
文字にすると、なかなか危ない。

それでも同行を決めたのは、
“どうしてこの人は、わざわざ縁もゆかりもない、ケニアのスラムに寄付を続けているのだろう”
という単純な疑問だった。

そして、もうひとつ、私には別の目的があった。
辺境にある町中華を食べることだ。

どこに行っても、中華はある。
国境の町にも、港にも、そしてきっとスラムにも。
気づくと、そういう場所で中華を探している。

そしていま、その本人をナイロビ空港で待っている。

一時間ほど経ったころ、不安が少しずつ膨らみはじめた。
本当に来るんだろうか。

すると到着ゲートの向こうから、大きなスーツケースを引いた、小柄でやわらかい雰囲気の日本人男性が現れた。

空港で合流したアキさん39歳

彼は私の顔を見るなり、笑って言った。
「直接会えるの、嬉しいです。アフリカで会えるなんて不思議ですね」

その一言で、肩の力が少し抜けた。

「スラムの路上では、内臓系の焼肉が人気なんで食べましょうね!!
まず先にちょっとトイレ行ってきます。」

ハイテンションの彼はトイレに駆け込んだ。
感情の忙しい人だ。

空港を出ると、私たちはアキさんが支援するNPOのスタッフ、ビートリスと合流した。
スラム出身の彼女はいま59歳。シングルマザーとして働きながら、自分が育った場所で支援を続けている。
やさしい目をした人だった。
マザー・テレサがもし今も生きていたら、こんな顔をしていたのだろう。

マザーテレサことビートリス

雨はまだ降り続いていた。

車に乗り込むと、ビートリスが窓の外を指差した。
「中国人が高速道路を建設していて、ナイロビには中華街もあるよ」
やっぱりあるな、と思った。

窓の外を流れる景色は、イメージしたアフリカとはかけ離れた、高層ビルが立ち並ぶものだった。
外国人が日本にサムライや忍者がいると思っているのと同じことを、
私も知らず知らずのうちにしていた。
自分の解像度の低さに落胆する。

「教会でゴスペルを歌うからあなたも行かない?」

スラムにある教会でゴスペルを歌う。
マザーテレサのワイルドな提案に、少しだけ胸が躍った。

都会の喧騒を抜けると、コンクリートの建物からトタンの小屋に変わっていく。
道路脇のゴミの匂いが、急に濃くなる。
スラムに近づいている。

空気が変わる。
人の目つきも、少し違う。

訪れたスラム(正式名称:サウスランドスラム)

「ナイロビはアフリカ3大犯罪都市と呼ばれる街なので気をつけてください」

恐る恐る教会に入る。
床が少し湿っていて、靴が張りつく感触があった。

中には、100人以上のキリスト教徒がいた。
音楽に合わせて、みんなが踊っている。

映画『天使にラブ・ソングを』で観た景色そのものだった。

「ハレルヤ!」
「ハクナマタタ!」

音が大きすぎて、胸の奥が少し震える。
止まる気配がない。

教会でゴスペルを踊り歌うキリスト教徒

アフリカの人は縦ノリで裏拍を取るのがうまい。
見ているだけで、少し圧倒される。

負けじとアキさんと一緒に踊る。
手と足がうまく合わない。

それでも、少しだけ笑ってもらえた。

「ダンスを習っとけばよかった」
アキさんは楽しそうだった。

爆音で流れていたゴスペルが突然鳴り止む。
「スラムに寄付している日本人をみんなに紹介させて下さい」

準備もできないまま、100人の前に立ち、マイクを渡された。

「アバリアコ。ナイトア・アキ。(はじめましてアキです)
スラムの子供達に医療寄付をしています。
アサンテ・サナ。(ありがとうございます)」

さすがは電車の運転士。
スワヒリ語を交えながら、自然に場の空気を掴んでいく。

空気が和んだところで、私も負けじと「I love Kenya」と叫んでみた。
しかし、来たばかりの奴に何がわかるのだと言わんばかりの表情を向けられた。

アキさんが作った空気を壊してしまった。
すかさずマザーテレサが補足する。

「彼らは3年という長い年月、資金や医薬品を提供してくれています」

まさに神である。
1円も寄付をしていない私も、支援者面をした。拍手で賞賛された。

挨拶を終えると、マザーテレサから
「もしよかったらプジョさんも教会に寄付してくれませんか?」
速攻で5000円を渡した。
商売上手なマザーテレサである。

生中継のある中、100人の前で自己紹介

国籍も年齢も性別も職業も違う三人で、スラムの中を進んでいく。

ふと、さっき空港で見た中国人のことを思い出す。
そして、ビートリスが言っていた中華街のことも。

どこにでもある中華は、きっとここにもある。
それがどんな味なのか、まだ知らない。

気づくと、雨は止んでいた。

プロフィール

大前プジョルジョ健太

おおまえ・ぷじょるじょけんた|1995年、大阪府生まれ。映像ディレクター。TBSにて’23年に自身が立案した『不夜城はなぜ回る』が「ギャラクシー賞」を受賞。その後’24年にTBSを退社。Abema『国境デスロード』『世界の果てに、くるま置いてきた』など、フリーのディレクターとして活動中。