TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】Commonをめぐって

執筆:川口涼子

2025年12月14日

 人生のほとんどを、外国人としてマイノリティ枠の中で過ごしてきました。そのせいか、目にははっきり見えない隔たりや境界線につい敏感になります。そしてそんな思いの延長なのか、公共や共有、一般や大衆といった、人が「共にする」ことにまつわる考え方に、自然と興味が向くようになりました。

 こんにちは、建築家の川口涼子です。英語には、この感覚をひとまとめにしてくれる“common” という言葉があります。「共通の」「平凡な」「共有の」という三つの意味をふくんだ、ちょうど私の関心を言い表してくれる言葉です。

 この関心が反映されたのか、生まれ育ったロンドンでの20年の建築の仕事を振り返ると、多くのプロジェクトが、時間とともにさまざまな人が使い続ける公共建物や屋外空間でした。ここでは、その中の二つを紹介します。

 一つ目は、ロンドンの区役所の再開発計画です。かつては地元コミュニティの中心でしたが、長い歳月のなかで公共としての存在感を失い、人々の日常の地図から消えつつありました。計画が進んだのは、コロナ禍で孤独がより深刻な社会現象として語られていた頃。建物を日常的に使える場所としてひらくことが大きな課題でした。区役所としての機能を保ちながら、誰もがふらっと立ち寄れる部屋や広場を整えたことで、子どもの遊び場やヨガのクラス、休憩やお喋りの場、さらにはコンサートやマーケットまで開かれる、ほどよく賑わう街の広場へと生まれ変わりました。

区役所の広場 – BEFORE(Hawkins\Brown Architects

区役所の広場 – AFTER(Hawkins\Brown Architects

 二つ目は、残念ながら実現しませんでしたが、聾学校(ろうがっこう)の建て替え計画です。一見するとごく限られた利用者のための建築ですが、その特異性こそが、普遍性や共生を考えるうえで大切だと気づかされました。ろう者の方が体感する世界を理解するため、生徒や職員、ご家族と音声言語に頼らないワークショップを重ねました。印象的だったのは、聾の世界が孤立しがちな分、学校が地域に開かれた場であってほしいという願い。その思いをかたちにするため、校舎の一階には手話教室、聴覚クリニック、専門学部と連携した美容院やカフェなど地域の人も利用できる機能を配置し、「聞こえない人と聞こえる人とがゆるやかに交わる場」を育てようとしました。

声を使わないワークショップ:コラージュ(dRMM Architects

声を使わないワークショップ:好き嫌いカード(dRMM Architects

声を使わないワークショップ:のぞきからくり箱(dRMM Architects

声を使わないワークショップ:模型(dRMM Architects

声を使わないワークショップ:原寸大モデル(dRMM Architects

声を使わないワークショップ:プロトタイプ教室(dRMM Architects

 設計要件は異なる二つのプロジェクトですが、どちらも根本にあるのは、「地域に根付いた多様な人々が共有できる場所をつくる」こと。

 長い前置きになりましたが、タウントークでは、そんな視点から建築の外側にある日常の“common”について書いていこうと思います。

プロフィール

川口涼子

かわぐち・りょうこ|1978年、イギリス生まれ。建築家。ロンドンを拠点に学校や図書館、区役所、遊歩桟橋など公共施設のプロジェクトを中心に活動したのち、2024年に帰国。現在は住宅設計や古民家再生に携わりながら、次のステップを模索する日々を送る。好きなものは食、散歩、図工、手芸、本棚鑑賞、そして犬。

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