CULTURE

好奇心さえあれば、どこでもそこは博物館だ。/マイク・エーブルソンさんの興味

2021.06.18(Fri)

photo: Kazufumi Shimoyashiki
text: Tamio Ogasawara
2020年7月 879号初出

なぜ魚の口はあんなにも大きく開くのだろうか? とあるものに不思議さを見いだすことで、〈ポスタルコ〉のマイク・エーブルソンさんの物事への興味は転がり始める。答えがなかなかわからないから、自由に考えられて楽しいのだそうだ。

まずはじめに、物事に関心がなければ、博物館などには行かないし、ましてや身近にあるものをしげしげと観察することもない。逆に興味のある人は、スーパーで買ってきて食べた魚の骨を捨てずに、魚の口が実際どうなっているんだろうかと復元する。体の構造や骨の仕組みを調べることで、少しずつ魚のことがわかってくる。そもそも、食べた魚で骨格標本が作れることに驚きだが、それを実際に作ろうとひらめき、実践するマイクさんはさながら街の科学者である。

「食べた魚の骨を並べて骨格標本にしたものです。魚をきれいに食べると骨組みも見えてきます。構造を知っておくと、魚を食べるときに便利なのかもしれませんね」

マイクさんが手に持っているのは何かというと、メディシンボールとパンチングバッグ。聞けば、所在なげにしていた金具をビニール袋に入れてテープでグルグル巻きにして、メディシンボールを作ったそうだ。理由は、金具を捨てようと思っていたのと、運動不足解消のためのメディシンボールが欲しかったから。メディシンボールにとっては重量感を金具が補完し、金具にとってはメディシンボールをストレージ代わりとすることで、2つの相反する欲求を同時に叶えたわけだ。右手のパンチングバッグも革を捨てるのがもったいないという同様の発想で作られているのだが、表面を一枚革にすることで、ものとしての格好よさを見事に担保している。ジムにあるような道具とはあまり一緒に暮らしたくはなく、地味でも温かみのあるものを近くに置いて使いたいというのがマイクさんの考え方。

Pure Research
- 調査に目的は必要ない。気になるものをとことん見る。-

マイクさんにとってピュアリサーチとはいつでも思考がしなやかでいられるためのストレッチ、もしくはスクワットみたいなものである。例えば、バッグを作るという目的のためにリサーチするという行為はピュアリサーチとは言えない。目的があると視線の先に集中し、今まさにこぼれ落ちようとしている興味深い〝気づき〟に鈍感になってしまうのだ。

気になるものを調べ尽くすのは、それが実際にどうなんだろうというのを単純に知りたいから。固定観念を崩し、少しずつ視野を広げ、思い込みをほぐしていくと、自分の知らなかったことが見えてくる。

いっとき熱を上げたのが、貝の調査だ。新宿のアパートの一室にある『小さな貝の博物館』に通い、貝の話をたくさん聞き、好きな形のものを手に入れて何度も眺めた(名は博物館だが、引き出しにしまってあるような貝まで、すべての貝が買えるのだそうだ)。巻き貝は体の成長とともに貝殻をいわば増築し、体は広いスペースに移動する。口の形はずっと変わらずに大きくなるという事実に感動した。

「地味な見た目だけど、スパイラルの溝が深かったり。デコラティブだけどすごい機能的なんだろうなって色々考えちゃう。海の底で知らないことが起きてる感じですね」

最近だと、富士の麓で鹿の骨を大量に拾ったので、ブリーチしてとりあえず箱にしまっている。たまに出しては、骨の構造を見ていると、関節などの力のかかるところが発達しているのがわかるし、そもそもどうしてこんな形をしているのかを考えずにはいられなくなるという。歯の付いた下顎の骨は、洗面所に置いてあるので、歯を磨きながら観察する。

「ダーシー・トムソンの『ON GROWTH AND FORM』は学生時代から好きなんですが、この鹿の骨を拾ってきたことで、見比べながら読むことができるようになったかな」

貝のスパイラルも骨の構造も、1917年発行のイギリスの生物学者、ダーシー・トムソンの『ON GROWTH AND FORM』(生物のかたち)を愛読書とし見識を深めている。複雑だが理論があり、幸いにも充実している実物を傍らに飽きずに見ることで、余計な形をしているのにも意味があるのだと、だんだんとわかってくるようになるのだそうだ。

Collection & Editing
- 集めたり、整理したりする。 -

ピュアリサーチで集めたものは、いつでもわかりやすい場所に収納しておく。収納箱には番号も付いている。3Dプリンターで作られたような貝も、パンの耳が付いたようなミネラルも、つい目に入るところに置いておきたくなるものだが、ずっと出しているとよさがわからなくなるというのがマイクさんの考えだ。貝も石も骨も誰かに見てもらって褒めてもらいたいわけではなく、自分で見て触って気に入ったものを選んでいる。ただ貝が欲しいわけではなく、本当は海で貝を見つけたいし、なんなら海に行きたいのだ。すなわち、これらのコレクションはマイクさんをどこかへ連れていってくれる役割を果たしている。貝は海へ、ミネラルは地中へ、鹿の骨は森の中へ。

収集は、価値があるものでなくても、コレクションすることで、そのものへの見方は変化する。ある人にとっては何の役にも立たない鹿の骨だが、パズルのような骨の構造を本で勉強し、実物を触りながら見ることで、その先の何かにつながっていく。集めて整理することで、じっくりひとりで見ることができる。プライバシーがあり、ゆっくり見て考えられるのが博物館であり、混んでいるのは博物館にあらず。もらった知のエネルギーで何かをする。量が大切ではなくて、ひとつでも気に入ったものがあるのが重要だ。

この蝶の標本は自身で再編集したものである。パーフェクトなものを目指しても博物館にはかなわないとのことで、角張ったものやとんがったものを入れてみたそうだ。亀の皮も鳥の羽根も、マイクさんの中では蝶の不思議とつながりのあるものである。たまにこうして整理し直すことで、新たな側面と出合うことにもなる。どんなときもスケッチブックがあれば、その“気づき”を書き留めておくことができる。何かに気づいたときにスケッチをすることで、頭の中も整理できる。今マイクさんは天狗に興味があるのだろうか。

Make Something
- 何かを作ってみるのもいいかもしれない。 -

マイクさんが何かを作るときには、目的のない調査(ピュアリサーチ)がとても役に立っている。ピュアリサーチで集めたものがきっかけをくれ、作ったものは新たな興味へとつながっていく。スープの中を泳いでいる無数のアイデアが唐突に合体することで、ものづくりが始まるのだ。魚の口を調べるために作った骨格標本は、魚の口のメカニズムを探究する紙の模型セットとなり、そのメカニズムが車輪への興味と引き合わせられ、不規則で手の痕跡のある線を生み出すウィールプリンターの考案へとつながっていった。

あるとき、友理さんと自身の店を訪れた際に、プロダクトになるまでの過程を見せられたら、それに共感してくれる方もいるのではと言われ、もう自分の博物館を持っていたことにあらためて気がついた。お店の中を探検できるように、ものの成り立ちを実際の写真と絵で説明し、スポットライトでその商品に光が当たるように。ただ作ったシャツを並べるのではなく、例えば、貝ボタンの貝を横に置いておく。食べるために育てられ、残りがボタンとなった高瀬貝がこんな形をしているのかと認識できる。キーホルダーの素材に使われるミネラルはカードホルダーになり、体の拡張を描いたスケッチは〈ポスタルコ〉を知るためのZineとなる。天井の高い店内を見上げれば、ご褒美とばかりに同じ形状の貝と電球が並列に展示されている。

敬愛する物理学者、フランク・オッペンハイマーがサンフランシスコに作った「エクスプロラトリアム」(体験で科学が理解できる博物館)にはたくさんのヒントをもらった。小さい頃に好きだったLAの「ラ・ブレア・タールピッツ博物館」もそうかもしれない。街のど真ん中に天然タールの沼があり、沼に沈んだ恐竜やマンモスの骨を発掘し、沈みかけたマンモスを再現する。タールの匂いは強く、沼の粘性を体験できる装置は何度やってもまだやりたいと思った。

プロフィール

Mike Abelson

マイク・エーブルソン|1974年、カリフォルニア生まれ。2000年にエーブルソン友理さんとNYで〈ポスタルコ〉を立ち上げ、オフィスステーショナリーを作り始める。橋の構造を生かした軽くて丈夫なバッグ、カード類を入れて完成するイメージで柔らかく作られた財布なども世に送り出してきたが、最近の興味はもっぱら服作りに。今日着ているのも、腕の動きを自由にするスパイラルショルダー仕様の新型シャツ。※2020年7月インタビュー当時

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