TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#1】人生で一番焦った夏
執筆:飯尾和樹(ずん)
2025年8月13日
みなさん、ぺっこり88°、
父親から譲り受けたくせっ毛が、この季節はちょっとした雨や汗をかくと、髪がクルックルとなり、ロケ後半には髪セットのプロのメイクさんも諦める、ずんの飯尾和樹です。
自分が生活している辺りでは、7月中旬には猛暑のせいなのか、ミィ〜ン・ミン・ミン・ミィ〜ンという鳴き声は少なく、『あれ、今年はソロ活動か?』と心配していた蝉が、輪唱なのかハモっているのか、今はとにかく元気に鳴いて、毎日が蝉フェス。
すっかり夏ですよ。(段々増えて音合わせ)
この季節は幼き頃の小中高時代の夏休みのなごりが続いていて、今でも好きですね。
あっ!でも昔は特に仕事がなく、暇すぎて『最近は夏休みって秋までだったっけ?』と思いながら、いや、現実逃避をしながら、同期であっという間に売れっ子になったキャイ〜ン(天野ひろゆきとウド鈴木)が仕事を終えて、「終わったよ〜。この前ロケで行った、うまいピザ屋さんに行こうよ〜」という連絡を呑気に待っていた20代後半の夏。
そんな自分でも焦った夏があります。
それは高1の夏です。(「働き盛りの20代後半じゃないのかよ?」という御意見はよくいただきます)
なんと、物理のテスト100点満点中で30点以下は赤点という我が母校創立以来からある、とても歴史と伝統あるルールの下、3点足りずの28点…、そう赤点を叩き出してしまったのです。
「28点は2割8分…、プロ野球の打者だったらなかなかの良い打率だよ〜」と、同じく28点の野球部の友人と現実から目を背けていると、すぐに職員室に呼ばれました。
「半年後の進級と引き換えに、夏休み初日から4日間、朝9時に学校へ行き昼まで補修授業を受け、授業後に小テストをして、5日目の再テストを落すと、もう3日間追加の補修授業」という、これまた歴史と伝統が詰まった救済処置を、学年から選ばれし物理赤点メンバー約15名に言い渡されました。
帰りに2割8分野球部の友人と食べたアイスのガリガリ君ソーダ味は全く味がしなかったです。
身も心もスカスカ君でした。
だって、受験のプレッシャーもない高校3年間で一番のびのび自由な夏休みが、1週間削られるなんて〜。
『あ〜、俺の夏休みが始まる頃、海にはもうクラゲが出ちゃっているのかなぁ〜』『あ〜、我が日本と季節真逆のオーストラリアは春の気配が来ちゃうのかなぁ~』『あ〜、なんで自分にはニュートンの要素、思考、センスが1ミリも入ってないんだよぉ〜』『りんご名産地の青森や信州は長野に生まれ育って、身近にりんごがあれば…』(りんごの木が近所にあったから、ニュートンは物理学者になれたわけじゃないのに、16歳の飯尾は赤点を取るべくして取ったと、今は素直に思えます)と生まれ育ったりんごの木がない東京を嘆いていた時、ガリガリ君の棒に『当たり』の薄茶色の刻印が…。
わぁ!と一瞬の喜びも束の間、『スカスカ、いやガリガリ君は今もう一本いらないから、俺の夏休みを1週間削った、足りなかった3点と交換したい…』と、あの時、産まれて初めて、顔で笑って心で泣きました。
しかし飯尾は、その夜、布団の中で母方の祖母が長野出身であることを思い出し、『俺にはニュートンの要素がないわけじゃない』と強引に思い込み、再テストを90点という高得点で見事にクリアしました!
そりゃ、毎日受けた小テストの問題が丸々そのまま出ましたから…果汁100%テスト!
やっと解放され、『飯尾の夏はこれからだ!』と思った2日後から、高校3年間で一番辛い、1年生としてのバレーボール部の夏合宿で、ニュートン、いや祖母の故郷、りんご名産地の長野へ旅立った16の夏。
「1ね〜ん!洗濯の脱水が甘いぞ!」「ハイ!」、『バレーボールの攻撃は丁寧なサーブレシーブから始まる』『洗濯は脱水が大事』を覚えた16歳の夏。
それでも今も、夏は好きだなぁ〜。
みなさん各々、良い夏を!
プロフィール
飯尾和樹
いいお・かずき|お笑いコンビ「ずん」のボケ担当。1968年、東京都生まれ。『さんまのお笑い向上委員会』『飯尾和のずん喫茶』他、数々の番組にレギュラー出演中。
近著に『キャイ〜ン ずん 作文集』がある。