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山菜採りを学ぶ【後編】
ワラビ編
『この人生に、カーティス・クリークはいくらも存在しない。だから、きみがそれを発見したら、必ず秘密にしなさい』
これはシェリダン・アンダーソンと作家の田渕義雄さんの共著『フライフィッシング教書』のなかで書かれた言葉。カーティス・クリークとは広い意味で「誰にも知られたくない秘密の場所」を指す。そんなとっておきの遊び場がある人生はどれだけ豊かなのだろうか。
家族で受け継ぐ、ワラビのカーティス・クリークへ。
東北地方や北海道など寒冷な地域に分布し、雪解けを迎える初夏が最も美味しいとされるチシマザサの若竹・ヒメタケ。その植生や下ごしらえの方法などのイロハを、岩手県を拠点とする山菜/キノコ採取歴22年の菅原徹さんから学んだ前回のフィールドワーク。今回は今が旬の「ワラビ」採りを教えてもらうことに。もうひとりの山菜採り名人であり『the campus』のシェフ・平塚章延(ひらつか・あきのぶ)さんにも合流いただき、盛岡市のとある山の中へ。
海沿いの岩泉町まで通る国道455沿いの森。広くなっている道路脇に車を停めて、新緑の木々をくぐり抜けながら、ゆるやかな傾斜の山道を登る。外遊びにベストな6月の気候も相まって歩いているだけで心地いいが、こうした野山は突如ケモノよけの有刺鉄線が足元にあったりするから注意が必要だ。ノヤマ、クマ、ワラビ……などと呪文を唱えつつ気を引き締め進むと、目の前には見たことないほど大量のワラビが! 岩手県最大の文化圏からそう遠くはない、手つかずの自然。これぞカーティス・クリークと呼べるのかもしれない。
「祖父から教えてもらった場所なのですが、今でも名前はつけないんです。我が家では『ワラビのところ』と言っています。例えば町名などの固有名詞が入ってしまうと、他の方にバレやすくなりますよね。稀に商売目的の方に根こそぎ採られて山が荒れてしまうこともあるので、気をつけないといけなくて。ワラビに限らず、山菜は“食べる分だけ採る”ことがマナーですからね」
山菜は自然からのギフトでもある。欲張らずに残しておくことで、再生へと繋がる。「ワラビの成長スピードはかなり早いんです。なので、昨日残しておいた一本が今日は採りごろになっていることが結構あるんですよ。葉が開いてしまったらもう食べられません」と菅原さん。
「ポイントとしては、実は日陰で育った方が太くて味が濃いということですね。そういったものは茎が紫がかっていて『黒ワラビ』と呼ばれます。瑞々しく、ネバリ気やシャキシャキ感も強い。なので、太陽の光をふんだんに浴びた一番手ではなく、その葉が日影の役目をしてくれて育った2〜3番手がいいんですよ。特に、野バラの密生に紛れて生えているワラビが狙い目です」
一番手がよしとされていたヒメタケと真逆で面白い。さっそく自生する野バラの群生を見てみると、溶け込むようにじっと隠れたその姿を発見! 「指を生えはじめの部分まで這わせ、優しくテンションをかけながら上にスライドしていくとベストな状態で自然に折れる」とのこと。やってみると、下の方は固かったり、柔らかくてぐにゃりと曲がるけれど、そのポイントだと力は要らず折れる。ぽきっと爽やかな音からは水をよく含んでいることが伝わってくる。もれなく腕にトゲがひっかかりはするけど、それさえも植物の共生が垣間見えるようでなんだか美しい。
上の写真と比べて紫がかっているのわかる?
はじめの一歩は、その地の植生を深く観察すること
そもそも岩手県の山菜カルチャーは、県土の真ん中を流れる北上川とそれを挟み込むように南北に走る2つの山地「奥羽山脈」と「北上高地」の存在が大きく関係している。豊かな水源と寒冷な気候によって多様な種類が自生するのはもちろん、豪雪によって農業が困難な地域は自生するそれらを主な食料としてきた。ワラビも冬の食料として塩漬けにしたり(塩蔵という)、乾燥させて保存する文化が発展したけれど、全国に自生する代表的な山菜である。もし、自分が住むエリアで楽しみたい場合はどうすればいいのだろう?
「近辺の山をしらみつぶしに入って判断していくしかないですね(笑)。見つけられなくても、その山の植生を観察して総合的に判断する。例えば野バラが生えているところは大体ワラビがあるので、登った日になくともチェックしておく感じです。さらに、群生地を見つけるために最も大事なコツがあって。自生している山の地面には、枯れて茶色くなった『ホダ』(葉の先端部分)が残っているんですよ。なので、秋にそれを見つけたら、次の春に行けばいいんです」
レクチャーを受けて下山するころには、山の見方が少しだけ変わった気がする。今までぼんやり見ていた風景の中に、植物からのヒントを探すようになる。その植生を通して、ひとつの山の成り立ちを考えるようにもなる。食べてよし、学んでよし。山菜採りは素晴らしいアクティビティであり営みだけど、どっちにしてもカーティス・クリークは自分で発見するしかない。皆それぞれ持っているのだ。道端にポツリ、ポツリと停められた車がそれを表している。
さて、ここからは番外編! 同行していただいたシェフ・平塚さんに、今回収穫した「ヒメタケ」と「ワラビ」の下ごしらえ方法やオススメの美味しい食べ方を教わってきましたのでお裾分け。僕らのような初心者は予備知識として、自宅にあるよーって方はぜひ今夜にでもお楽しみください。まずはヒメタケから↓
ヒメタケのペペロンチーノ
ペペロンチーノの魅了を引き出すハーブはイタリアンパセリや大葉が定石、かと思いきや、ミントを入れるのが新鮮。パンチのあるニンニクはもちろんだけど、下茹でしたとはいえ少しえぐみが残る淡白な味わいのヒメタケによく合う。シャキシャキした爽快感溢れるこのパスタは暑い夏にぴったりだ。
ちなみに、湯掻いたあとの保存方法は『冷蔵』『冷凍』『瓶詰め』の3つ。瓶詰めは1年ほど持つけど、かなり難易度が高く失敗する可能性も大きい。なので初めのうちは、皮をすべて剥いた状態で冷蔵庫に入れておき、食べきれなくなったらジップロックに入れて冷凍しちゃうのがオススメとのこと。
ワラビのアク抜きとよだれワラビ
ワラビは特にアク抜きが必要な山菜。方法はいくつかあるけど、灰を使うと失敗が少なくてオススメ。

まずは根本の固い部分を切り落とす。

灰の準備をする。ネットで専用のものが販売されているけど、自宅で薪ストーブを使っているのであれば、ここから取るとスムーズ。

切り口(根本部分)にぎゅっと灰を押し付ける。

容器に並べたワラビめがけて、沸騰したお湯をゆっくりかける。この時はワラビ全体が浸かるようにする。

水が茶色く変色してくるので、新しい水に入れ替えながら洗う。

蓋をせず、ひと晩おく。苦味が抜けていれば完了! アク抜きしたワラビは、水を入れた保存容器(タッパーなど)に浸した状態で保存する。冷蔵庫でOK、水を毎日取り替えながら3日を目安に食べ切るのがベスト。

「よだれ鶏」ならぬ「よだれワラビ」。一般的な「よだれ鶏」のレシピでソースを作り、ワラビにあえるだけのお手軽な一皿ですが、きっとあなたもやみつきに。
教えてくれた人

菅原徹
すがわら・とおる|1987年、岩手県生まれ。18歳のころにはじめて祖父と山へ入って以降、キノコと山菜を生活の一部とする日々を送る。「盛岡つどいの森」や県内各地の緑化センターなどで、キノコの見分け方指導や展示など幅広く活動中。岩手菌類研究同好会所属。スタッフとして働く『the campus』ではキノコ&山菜ハントツアーも開催している。
Instagram
www.instagram.com/tttsugawara/

平塚章延
ひらつか・あきのぶ|1979年、宮城県生まれ。高校卒業後、アジアや南米など世界中を約8年間放浪する。実家が広島風お好み焼き店を営んでいたこともあり自然と料理の道へ。現在は『the campus』のシェフとして地元の食材と向き合う日々を送る。
また8月にお邪魔します!