トリップ

ゴールドラッシュをめぐる冒険 in Finland Vol.8

写真・文/石塚元太良

2025年2月17日

 イヴァロ川のカヤックによる「ゴールドラッシュストーリー」は、17キロ地点のクルトゥラ、そして27キロ地点のリタコフスキに至る道程が、ハイライトと言える部分だろうと思う。

 クルトゥラは、フィンランド政府が税の徴収のために、「クラウンハウス」と呼ばれた建物があった場所で、そこは初めてイヴァロ川の調査を行った探検家カール・セリム・レムストロームが、200年近く前にベースキャンプをつくった地点だった。現在のクルトゥラはといえば、1870年に建てられた政府のオリジナルの「クラウンハウス」が、修復され、保存されている。

 最も金が採集された「ルイカンムッカ」を過ぎ、大きな流れに乗って、クルトゥラに上陸する。上陸の目印は、ここでも「サウナ小屋」である。川沿いには必ず、サウナがあるのがとてもフィンランドらしい。サウナ小屋の背後の急な斜面を上がっていくと、クルトゥラのクラウンハウスが見えてきた。これまでのイヴァロ川とは全く別の眺めである。

「クラウンハウス」の扉は、鍵もなく開いている。重い扉を開けると、それまでのゴールドラッシュ期の建物と違い、屋根や外壁にメンテナンスがなされ、内部の状態は完璧。
 内部には、当時製作されたテーブルと椅子が置かれていた。テーブルと椅子は匠にデザインされていて、とても美しい。座面と背面と交差された足2枚の、計4枚の木板を組み合わせただけのシンプルな椅子なのだが、それがよく出来ている。デザインをスケッチして日本でプロダクト化したいほどである。 
 数日の間、荒野をさすいキャンプしてきたせいで、久しぶりに文化の香りを嗅いだ気がした。そう、ここはデザイン先進国の北欧なのだ。こんな辺境の地であれ、130年以上前にミニマムにデザインされたものに触れることができる。

 クラウンハウスからクルトゥラの森の奥には、フィンランド語で「オウティオトゥパ」と呼ばれるバックカントリーにおける避難小屋があり、誰でも宿泊可能。その小屋の煙突からは煙が出ているのが、見えた。
 その小屋の扉を開けると、数日前に出会ったシィーモがご飯の用意をしていた。僕と同じように折りたたみ式のカヤックで旅をしているフィンランド人である。

 再会の握手をして、お互いのこの数日間のことを話そうと努めるが、残念なことに彼は、びっくりするほど英語を喋れず、そして僕はフィンランド語が喋れない。
 仕方なく地図を広げて、身振り手振りでコミュニケーションする。この場所で野営して、この部分が急流で大変だったとか、そんなことだ。

 地図を指差すシィーモの親指が一本短いのに気づいた。確かめることはできないが、きっと長く工場で働いていたのだろうか。たとえばフィンランドの製材所などで。そんな感じの手をしていた。
 英語の単語をここまで知らないフィンランド人に初めて出会った。彼の使う「トランギア」などのスウェーデン製のアウトドア道具を見ると、こうして一人で、自然を旅するのが好きなのだろうと推測された。だいぶ使い込まれたキャンプ道具だった。キャンプ用の即席パスタを食べていた。

 その後、身振り手振りで、彼がタンペレというフィンランド南部の町からやってきて、歳は62になり、自分の車で800キロ以上をドライブして、イヴァロ川まで来たことをなんとか聞き出した。
 イヴァロの街の手前、51キロの地点にその車を停めていること。そこから電話でタクシーを呼んで、イヴァロンマッティーという上流域から、10日間に渡りカヤックで川下りをしてきたらしい。それだけのコミュニケーションを成立させるだけでも一苦労。

 言葉は、通じない。携帯の電波もない荒野では、スマートフォンの翻訳機能も使えない。けれど、二人で地図を眺めているだけで、通じ合うものがあった。年齢差と国籍いろんなものを超えて。
 そう、川そのものが僕らの共通の言語だった。僕らは、明日以降もそれぞれの小さな艇でこのイヴァロ川を流されていく。いくつもの浅瀬と深瀬を超えて。
 シィーモは、ご飯を済ませると、今晩も自分の小さなテントで眠るという。僕はそのまま「オウティオトゥパ」で薪ストーブをたいて眠ることにした。
 久しぶりの天井と壁、窓。それだけでもありがたかった。テントより、安心して眠ることができた。夢の中でも体がまだ、川に流されているようだった。

プロフィール

石塚元太良

いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。