TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】野生に帰れない動物たちの支え

執筆:齊藤慶輔(猛禽類医学研究所 代表)

2025年2月5日

先天性疾患のため野生に帰れなかったものの、シマフクロウ親善大使として大活躍した“ちび”と母親役だった渡辺有希子獣医師

猛禽類医学研究所では、様々な医療機器を駆使して希少猛禽類の救命を試みていますが、なんとか一命を取り留めても重度の後遺症により野生に帰ることができなくなってしまった者も少なくありません。現在、終生飼育を余儀なくされた大型猛禽類は60羽以上。動物園などに譲渡を打診しているものの、外見上明らかに後遺症がわかる動物についてはほとんど引き取り手がないのが現状です。ウェルフェアの観点から、可能な限り快適な余生を過ごしてもらえるよう努力していますが、これらの動物の飼育管理に割り当てられる専用の予算は環境省から支給されておらず、本来傷病鳥の治療などに使うべき資金から捻出せざるを得ない状況が長年続きました。そのままでは救命医療に大きな支障が出る恐れがあったため、猛禽類医学研究所は40羽以上の終生飼育個体を環境省の事業対象から切り離す手続きを経て、飼育管理や餌などに要する費用を独自に調達することを引き受けました。現在、他の業務で得た収益や寄付金(クラファンを含む)を餌などの購入費に充て、不足する分は漁業者などの協力を得て凌いでいるのが現状です。

私たちは、野生に帰ることができない動物達に“生きていることの意義”を見出したいと考えています。たとえ二度と野生に戻れなくとも、自然界に生きている仲間を同じ目に遭わせないために一役買ってもらえないだろうか? このような考えから、環境治療に活用する目的で様々な事故の予防対策を、野生復帰が困難となった猛禽類の力を借りて考案しています。

シマフクロウ親善大使“ちび”は環境教育イベントや出前授業で子供たちのアイドル的存在だった

猛禽類が電柱上の危険な場所にとまれないようにし、感電事故を防止する「バードチェッカー」については、実際に被害に遭っているオオワシやオジロワシのケージ内に試作品を設置して効果検証を行っています。有効性が確認されたものについては、道内で運用中の送・配電柱、約2500カ所で採用されています。

開発した感電防止器具“バードチェッカー”の効果検証

バードチェッカー(○)付き送電鉄塔へのとまり。オジロワシは安全な場所に止まっている

交通事故に対しても、ワシなどが道路上を低空で横断飛翔しないように路肩に列状に設置するポールの間隔や色彩を、野生復帰は難しいものの短距離の飛翔ができる猛禽の力を借りて検証しています。

猛禽類の低空道路横断を防止するポール対策(間隔は終生飼育個体を用いて検証した)

また、臨床の現場においても、終生飼育中の猛禽に輸血のドナーになってもらい、救命率の向上を図っています。さらに一部のワシは釧路湿原野生生物保護センターの展示ケージで飼育され、環境教育にも役立てられているのです。

釧路湿原野生生物保護センターで終生飼育されているオオワシとオジロワシの一部

普段人目に付かない救護施設のバックヤードで、希少種の保全活動を支えている彼らの生き様をもっと多くの人に知ってもらい、応援してもらいたいと切に願っています。

プロフィール

【#4】野生に帰れない動物たちの支え

齊藤慶輔

さいとう・けいすけ|1994年より環境省釧路湿原野生生物保護センターで野生動物専門の獣医師として活動を開始。2005年に同センターを拠点とする猛禽類医学研究所を設立、その代表を務める。『プロフェッショナル仕事の流儀(NHK)』、『情熱大陸(MBS/TBS系列)』、『ダーウィンが来た!(NHK)』などに出演。

Official Website
http://www.irbj.net/index.html

Instagram
https://www.instagram.com/keisuke.saito.irbj/

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https://x.com/raptor_biomed/


『 僕は猛禽類のお医者さん』(KADOKAWA)

昨年10月に発売された齊藤さんの著書。日本で唯一野生の猛禽類を保護・治療する施設の獣医師として、チームと共に鳥たちと向き合う日常が書かれている。齊藤さんが野生動物と出会ったきっかけやより詳しい治療のエピソードについても書かれているので、コラムで野生猛禽類や獣医師について興味を持った人はぜひチェックしてみてほしい。

Official Website
https://www.kadokawa.co.jp/product/322404000757/

インフォメーション

野生猛禽類を救うためのクラウドファンディングを開催中。(〜2月28日まで!)

人間の生活を豊かにするための活動により、傷ついたり死亡したりする猛禽類が後を絶たない。ここで集めた資金は、医療機器の更新・拡充や後遺症などで自然界に帰ることのできない40羽以上のオオワシとオジロワシの飼育費用などに使用される。返礼品の猛禽類グッズも要チェックだ。

Official Website
https://readyfor.jp/projects/IRBJ4