TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】手書き文字のエモい話

執筆:井原奈津子

2024年12月3日

井原奈津子


text & illustration: Natsuko Ihara
edit: Nozomi Hasegawa

私は「手書き文字愛好家」として、さまざまな手書き文字に出会ってきました。

 かわいい字、急いでいる字、真面目っぽい字。手書きの文字には個性があります。
「形」だけにとどまらず、字を取り巻く「物語」が面白いこともあります。誰が書いたのかわからなかったり、同じ人が書いた字でも年代によってガラっと変わっていたり…。

 そんななかでも、とりわけ「エモい物語」を紹介させてください。

 それは、2018年のある日、ツイッター(現:X)で回って来たこちらの写真から始まりました。

 そのころ、音楽通のあいだで有名だったお茶の水の貸しレコード店『ジャニス』が閉まることとなり、惜しむ声が広がっていました。
 こちらは、イシガキアトムさんという方がツイートしたもので、ジャニスで買ったレコードと、その中に入っていた「寄せ書きの紙」が写っています。
 この紙には「俺(私)にも云わせろヨ!コーナーです」と書いてあり、レコードを借りた人が感想を書いて回せる仕組みになっていたとのこと。なんと素晴らしい文化! 人の感想を読むのは楽しいものですが、それが手書き文字だったら。より味わい深いに違いありません。

 ふむふむとそこに並んだ文字を見る。オリーブ少女っぽい字、音楽オタクっぽい字。あれ? こちらは、(コーネリアスの)小山田圭吾さんの字に似ている。私は小山田さんのファンで、文字ももちろん知っている。

 どうもそれっぽいけど!笑

 「きっとそうだ」と思いめぐらせ興奮した夜だったが、あくる日、件のツイートについた、あるコメントが目に入った。「(ミュージシャンの)小沢(健二さん)の字っぽいのが(ある)…」。

 えー! きのうは気づかなかったが、小沢さんの字もあるのか? 私は小沢さんのファンでもある。というか、二人が組んでいた、フリッパーズ・ギターのファンなのだ。

 見てみると、その小山田さんらしき字のすぐ下に、たしかに小沢さんらしき字がある。
 …これ、ビンゴじゃない?

 じつは私は「ジャニス」の存在を、まさにフリッパーズ・ギター時代の小沢健二さんのインタビューで読んで知っていたのです。その記事が書かれた1991年、彼は「小山田とお茶の水のジャニスに行ってたくさんレコードを借りて来て、二人で徹夜で録音して次の日返しに行ったりしていた。小山田は俺の家でそのまま寝てたりした」という内容のことを語っていました。

 読んで以来、幾度となく脳内でリフレインした場面。音楽が大好きでたまらない若者が同志を見つけ、寝る間も惜しんで仲良く音楽を吸収する…「ジャニスのエピソード」は、花が咲く前のつぼみのような、生命力に溢れたみずみずしさがある。
 私にとってジャニスは、大好きなバンドの「音楽のもと」の一部であり、私の思う「美しい青春の一コマ」の中でキラキラ輝いていた伝説の店だったのです。

 パッと見て「ビンゴ!」と思ったお二人の字ですが、念のために直筆の文字と比べてみました。
(鮮明な写真をツイート主のイシガキさんからお借りすることができました。ヤッター!)

 どうでしょう。もちろん違うかもしれませんが、かなりいい線行っていると思いませんか。

 手書き文字は、その線から、書くスピードや強さを想像することができる。そのスピードや強さから、気持ちまでも伝わる気がする。ジャニスの紙に書かれた文字からは、音楽を聴き終わった二人の余韻まで感じられるようだ。書かれた日付、1987年9月15日、小沢19歳、小山田18歳。

 「ジャニスのあの話は、ほんとうだったんだ!」

 妄想をかき立ててくれるジャニスの字よ、ありがとう。
 手書き文字から広がる、エモい物語。

プロフィール

井原奈津子

いはら・なつこ|1973年、神奈川県生まれ。手書き文字愛好家として、習字教室の運営や手書き文字の紹介に関わる。著書に『美しい日本のくせ字』(2017年・パイ インターナショナル)、『たくさんのふしぎ 字はうつくしい』(2022年・福音館書店)。