カルチャー
革命的出版社の軒先に置かれた、一冊も無駄にしない覚悟。『トランスビュー 軒先BOOK SHOP』。
東京五十音散策 水天宮前③
2024年11月11日
photo: Hiroshi Nakamura
text: Ryoma Uchida
edit: Toromatsu
東京都内の駅名を「あ」から五十音順に選出し、その駅の気になる店やスポットなどをぶらりと周っていく連載企画「東京五十音散策」。「す」は水天宮前へ。
駅を降り、明治座方面へ歩いていると緑道を発見。かつて大川(隅田川)に繋がる堀割で、いまや暗渠となった「浜町川」があった場所だ。「浜町緑道」という名の付いたグリーンベルトで、小さな植物園といっていいほど緑に囲まれた散歩道。気持ちよく歩いていると、横道のビルの入り口に、なにやら本が積まれた簡素な細長いテーブルと「軒先BOOK SHOP」の文字を見つけた。本好きとしては、吸い寄せられてしまう。
ここは出版社『トランスビュー』が、まさに会社の入り口の“軒先”で運営する本の無人販売所。実はこの会社、「トランスビュー方式」と呼ばれる書店との直接取引スタイルを確立した、知る人ぞ知る出版社なのだ。代表の工藤秀之さんにお話を伺った。
「元々、京都の“日本で一番古い出版社”といわれる、創業400余年の仏教書の出版社『法藏館』に勤めていました。そこの東京事務所がすぐ近くの清洲橋のたもとにあったのですが、閉まるタイミングで同社の先輩に誘われたんです。楽しそうでしたし、当時は実家から仕事へ行っていたので、京都に行く余裕もなくて」
流れのまま、東京で『トランスビュー』を立ち上げることになったそうだが、会社に参加する際に一つだけ条件を出したという。それは出版のこれまでの“流れ”にあらがうことだった。
「書店と直接取引することです。古い出版社は 取次が卸す条件がいいんですけど、その代わり、町の本屋さんに入る条件が厳しくなるんです。ですから当時お世話になってた書店の方々が辞めていくのを目の当たりにして。そこで、メーカーから改善できることは売れる商品(本)を作ることと、小売店へ渡す条件を良くすることの二つ。加えて言えば『取り寄せに二週間かかる』みたいなストレスをなるべくなくして納品してあげることです。時間がかかるとお客さんも離れていってしまいますからね。お店がお客さんファーストで動ける環境を作るためには、書店と直接やり取りするのが手っ取り早いと思ったんですね。今もそうなんですけども」
今でも3人で小さく運営している『トランスビュー』。小規模だからこそ取次をあえて介さず、書店と直接やり取りをする。その方法は、注文された分を出荷し、その分の請求書を出すというシンプルなもの。もちろん、書店が注文したくなる本を制作できなければ売り上げも減ってしまうが、出版社への返品率が下がるため、損失が少なく安定した運営が可能となった。ただ、率は低いといっても返品本はある。再出荷できずに捨ててしまうのも忍びないという気持ちから、サービス価格で提供するのが『軒先BOOK SHOP』だ。セルフサービスだが、買っていく人も多いとか。
「どんな本が売れるかなど基本的にマーケティングもしていません。書店さんが注文してくれたものを出すので、小売店を信用するスタンスですね。無理に売ってくれとお願いせずに、書店の個性に委ねています。今はよくわからないですけれども、やはりメーカーなどが口を挟んでしまうと、商品が均一化されてしまう危険がありますからね。『トランスビュー』の方針としては、ブームに乗らずに長く売れるものを目指しています。単純に長く売れる本の方が小さな出版社として売りやすいというのもありますが、やっぱり、長く後の世代の人に伝えるべきものを残すってことが本の仕事なんだろうとは思いますね」
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新刊をはじめ、今の気分でおすすめのものを紹介してもらった。左の論語、老子と続いた『全訳』(山田史生)のシリーズは「荘子」編を刊行予定だとか。左下『14歳からの哲学』(池田晶子)は刊行から20年経った今も売れ続け、累計40万部超のベストセラーだ。右上の池田暁子さんによる『池田暁子の必要十分料理』は人文系の多い『トランスビュー』としては珍しいコミック・エッセイ。
『トランスビュー』を設立した2001年当時、40店舗ほどの扱いだったのが、今や4000店ほどの書店に卸しているのだとか。流通の仕組みを根本から考え直す、革命的な取り組みを続ける工藤さんだが、その原動力はどこにあるのだろう。
「なんでしょうね。やっぱり『あの時こうできてればよかった』とか、そんな気持ちですかね。僕は神奈川県平塚市出身なんですけど、街の外れに住んでいて、周りに本屋さんが全然なかったんですよね。だから、近くに本屋があればよかったなとか。近くに気の利いた本屋がある。そんな子供時代を過ごすか過ごさないかで、きっと変わりますよね。僕の小さい頃は、集落の小さな商店のマガジンラックで『ジャンプ』や『コロコロコミック』を売っていたんですよ。本屋ではないけど、本を買うのはそこだった。 で、そんなお店も大きなスーパーができて、潰れちゃったんですね。書店も同じような構図を辿ってきたわけで、それをなんとかしたいな、なんとかできたらいいな、ぐらいな話ですかね」
「写真を撮っても絵になりませんよ」と笑う工藤さん。小さな出版社の無人販売所は絵にならないかもしれないし、小さな商店のマガジンラックだって決して写真映えしない。でも、工藤さんの切実な想いや優しい記憶が『軒先BOOK SHOP』に表れていて、それは美しい気がした。
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最近では、企画・編集・営業など全て一人の経営者で行う「一人出版社」などもじわじわと増え始めており、そういった他社の出版物の流通を引き受ける業務をはじめたとか。扱う会社は200余ほど、本のタイトルでは4000を超える。個人経営の書店、独立系書店との連携も取れているそうだ。
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最近では「お店のことをお客さんが覚えてくれるし、地に足をつけて、直接販売もしたい」と、書店でのイベントも多く開催している。
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社内には新作の本を定価で販売しており、中に入って見ていくことも可能だ。
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こういう場は珍しいビール瓶! 書店などへお知らせする大量のDM送付作業を、出版関係の知り合いなども集めて自分たちで行なって、その打ち上げに。業者に頼んでいたことも自分たちで行うインディー精神。交流の場としても機能しているのだ。
インフォメーション
![革命的出版社の軒先に置かれた、一冊も無駄にしない覚悟。『トランスビュー 軒先BOOK SHOP』。](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/11/TRANSVIEW_002-1.jpg)
トランスビュー 軒先BOOK SHOP
現在の主な業務は新刊の刊行に加え、200社以上の本を流通させること。BOOK SHOPはセルフ・サービス。支払いはPayPayまたは現金(お釣り返却や領収書発行、返品は不可)。「書店で買った本は、その場所のことも覚えているものですよね」という言葉が印象に残った。この日に手に入れた『いまは静かな時ー韓国現代文学選集ー』も、取材の記憶と一緒に大切に拝読させてもらう予定。
書店でのイベント開催も増えており、直近では「本の産直市with紀伊國屋書店流山おおたかの森店」を開催予定。こちらは11月23日(土)、11月24日(日)10:00~16:00。
◯東京都中央区日本橋人形町2-30-6 ☎︎03・3664・7333 10:00〜18:00 土日祝・休(たまに営業アリ)
Official Website
http://www.transview.co.jp
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