カルチャー

200年以上続く書道用品店『玉川堂』にずらっと並んだ印のアートピース。

東京五十音散策 九段下③

2024年8月25日

photo: Hiroshi Nakamura
text: Eri Machida
edit: Toromatsu

東京都内の駅名を「あ」から五十音順に選出し、その駅の気になる店やスポットなどをぶらりと周っていく連載企画「東京五十音散策」。「く」は九段下へ。

 大人になると集中する機会に恵まれにくい。没頭することはストレス発散にもつながるから今年は書道にチャレンジしてみようかなと思い、九段下の老舗書道用品店へ。

 江戸時代に創業し九段下で206年続く『玉川堂』。入店し二階へ上がるとずらっと並んでいたのは、石特有のマーブル模様が美しい、まるでオブジェのような小さな彫刻の数々。頭をフル回転し書道に使う道具を一つ一つ思い浮かべてもどんな用途で使われるのか見当がつかず聞いてみることに。

 「落款印(らっかんいん)といって、作品に押す印鑑のようなものです」と教えてくれたのは、8代目店主の齋藤征一さん。なるほど! ようやく分かったが、こんなに凝ったものがあるなんて驚いた。鈕(ちゅう)と呼ばれるつまみ部分には獅子や龍、亀など、買い付け先の中国で縁起のいいモチーフが施されている。経済発展とともに鈕を彫る方は年々減少しており、伝統工芸士のような貴重な立ち位置に。落款印自体は数百円から購入できるが、金と同じ価格で取引された「田黄石」を使用した印など、高いものでは数千万円の値が付くものもあり金額も幅広い。基本的に購入後はプロに頼むか自分で名前や雅号を彫るが、美しさゆえ、印として使わずにコレクションしている方も。書道用具の中にもいろんな楽しみ方があるものだ。

 何となく覗いてみた書道用品店で、アートピースとして心動かされるものに出合うなんて思いもよらなかった。書の最後を自分が選んだ落款印で締める、なんて粋な嗜みなんだろう。より一層書道を始めたい気持ちが強まった。

100種類ほどの落款印がガラスケースの中にびっしりと並んでいる光景を見ていると、収集しているコレクターの気持ちがよくわかる。

家族経営の『玉川堂』8代目店主の齋藤征一さん。

落款印とセットで販売している印箱は箱単体でも販売している。1つ500円から。

2階の様子。1階は主に筆や書道に関連した本、2階は高価な筆、印、紙が置いてある。筆は1000以上の種類があった。

さまざまな材料や動物の毛から作られた筆。左から竹、ウサギのひげ、イノシシ、孔雀、たぬき。

明治時代から使われて続けている、レジの後ろにあった筆が入った棚。

インフォメーション

200年以上続く書道用品店『玉川堂』にずらっと並んだ印のアートピース。

玉川堂

1818年創業。九段下周辺で店舗を数回移動し、この街と共に200年以上の時を過ごしている。書道に不可欠な墨、紙、硯、筆の文房四宝のほか印や関連書籍なども用意。歌人の与謝野晶子は「あさつゆ」という仮名書きに適した面相筆を愛用し、店内には犬養毅から送られた額も飾られ、歴代の著名人に愛されてきた歴史が感じられる。最近は中国、韓国をはじめアメリカ、ヨーロッパのお客さんが買いに来ることも多く、珍しい筆が人気。老舗と聞くと敷居の高いイメージだけれど店主の齋藤さんご家族がカジュアルに親切な応対をしてくれるから安心して覗いてみよう。

Official Website
https://www.gyokusen-do.jp/