カルチャー

満島ひかりの回文と又吉直樹のショートストーリーが共演!?

『軽いノリノリのイルカ』が発売中。

2024年10月16日

photo: Masafumi Sanai
styling: Babimix
hair & make: Kanako Hoshino, Toshihiko Shingu
text: Keisuke Kagiwada

『軽いノリノリのイルカ』と名付けられた一冊の本がここにある。まずは騙されたと思って、何度か口にしてみよう。どう、わかった? 実はこれ、上から読んでも下から読んでも同じ文章、回文になっている。しかも、作り手は俳優の満島ひかりさんだというから、「そんな才能まで!?」と嘆息するしかない。本書は、満島さんが作った回文を、芸人で作家の又吉直樹さんがショートストーリーで打ち返すという『GINZA』の連載をまとめた一冊。というわけで、2人に色々聞いてきた。

ーー回文ってあんまり馴染みがなかったんですが、「誰だ、箱の明かり?霞?影かと…感じまくるあの坂の火の目 あとを追う音 雨の日の傘の歩く魔人か? トカゲか? ヤモリか? …あの子は誰だ?」とか「こんな長いものが作れるのか! 」と衝撃を受けました。まずはお二人が思う回文の魅力を教えていただけますか?

又吉 回文って、ただの短い文章を書いているのとは違って、システムに引っ張り出された言葉なので、 無意識というか、本来は満島さんが言わへんようなこともその中に含まれてくるのが面白いなと思います。

満島 そうですね、自分だけで作ったわけじゃないような文章になるんですよね。だから、普通だと「この言葉、 ちょっとドキドキして選べない」って言葉も全然書けちゃうし、書いたら「私が書いたわけじゃない」って手放せる。ただ、そこには、今まで出会った会話や言葉、自分が読んだ本や文字たち、音感も、その景色とか色とかも含めて、ぐっと来たもののストックが溢れちゃう感じがあって、そこは面白いですね。

ーーだけど、通して読むと、満島さんというか、確かに同じ人が書いているに違いないと思わせるある種の統一感も感じられました。満島さんはご自身の回文の特徴をどう捉えていますか?

満島 なんだろう、地上に着地しない感じというか、空飛んでる感じばっかりになっちゃうんですよね(笑)。ちょっとおとぎ話のようなのが出てきやすいかも。ハリーポッターっぽい?

又吉 確かに、魔法的な感じがありますよね。

ーー又吉さんが持った印象もそんな感じですか?

又吉 そうですね。詩のようにも感じる言葉の流れでやったり、全部に引っかかりがある、強い言葉が含まれてるんで、すごくイメージが湧きやすかったです。だから、何回かこう読んでると、「こういう話かな」っていうのが自然と出てくる。普段自分がゼロから物語やコントを作るときより、スムーズにできましたね。

ーー又吉さんのショートストーリーはどれも、回文の言葉を見事に拾いながら、予想外の方向へと連れていってくれる感じがありましたが、じゃあ、「これは苦労したぞ」というものはなかったんですか?

又吉 ほとんどなかったです。1番早かったのは、「寝たきりくつ下 しっくり来たね」。「あ、回文の文章送らな」と思ってノートパソコン開いて、 自宅で状況を整えたら、祖父が亡くなったという電話がかかってきたんですよ。それで「あ、おじいちゃん亡くなったんや。じゃあ、おじいちゃんのこと書こう」と思って、 実際には会えてないけど、物語の中でおじいちゃんに会いに行くっていうのを書いたんですよ。だから、1時間もかかってません。保育所の運動会に おじいちゃんとおばあちゃんが来てくれて一緒に帰ったみたいなエピソードは、実際の自分の体験をそのまま書いたんです。満島さんの回文には、物語を作りやすい何かがあるのかもしれない。

ーーそんな又吉さんがストーリーとして打ち返してきた球を受けて、満島さんが「こう来たか!」と膝を叩いたものはありますか?

満島 この本のために新たに書き下ろした短かめの回文がいくつかあるんですが、その中の一編、「喫茶マイ、試して閉めた、今さっき」ですかね。マイって人が喫茶店を始めたけどダメだったって話になるのかなくらいに思っていたら、みんなのために喫茶「ユア」をやっていた人が、自分のために喫茶「マイ」を始める話になるとは(笑)。やっぱ拾い方が面白いし、どのストーリーも人間の面白さみたいなことが入ってくるのがすごいですよね。重いけど、軽い。

又吉 めっちゃ重いときもありますけどね。

満島 けど、なんか面白くなるからすごい。回文やストーリーだけじゃなく、写真やデザインも含めて、たまたまページをパラっとめくって一編を読んだだけでも、1日がちょっと面白くなりそうな感じがありますよね。なのに、ちゃんと文学に触れた謎の体感もある。だから、すごいいいんじゃないかな、この本(笑)。

ーーいや、本当に素敵な本だと思います。今、お二人から又吉さんのストーリーがときどき重くなるって話がありましたが、特に序盤は重いどころか死の気配がもう濃厚に立ち込めています。これには理由があるんですか?

又吉  『GINZA』だから普段の自分が書くものより爽やかな話が書けたらいいなって思って始めたんですけど、何回目かぐらいのときに、「あ、めっちゃ暗い話になってるわ。もう1回立て直そう」ってなって、それを何回か繰り返してた記憶はあります(笑)。いやでも本当に、満島さんの回文に則って書いていったつもりなんですよ。だから、回文の中にその気配が含まれていたんじゃないかなとは思いますけど。

満島  「巫女が降ろしたものを神官が文章にする感じの連載ですね」って話したことがありましたよね。私は、生きるとか死ぬとかがないんですよね、子供の時から。大切な人と現代で会えなくなるのは寂しいけど、死ぬのは怖くないし、生きてると驚くほど大変なときもあるけど、なんかこう、ふわふわっとしてるんですよ。 そういう、それぞれの死生観みたいなのは、文章におのずと出るので、キャッチしてるんだと思います、又吉さんは。そういう話は何回かしましたよね。

又吉 そうですね。

満島 私の回文もどこに着地するかわかんないし、又吉さんも「いつの間にか書いてました」ってところがあるのに、 お互いの死生観とか、変な意味じゃなく、スピリチュアルな部分が、出ちゃってるなと感じます。前書きでも書いてるけど、お告げとか呪文とか魔法の言葉みたいに思える回文がいっぱいあって、 ショートストーリーで着地するのかと思いきや、さらにすごいところに旅させられちゃうんです。

ーーまさに最後までどこに着地するかわからないところが醍醐味だなと思いました。逆に、満島さんが「これはこういうストーリーになるだろ!」と予想して、見事に当たったことは?

満島 ないかなぁ。ずっと切り離してたんですよ、回文とストーリーを。私にとって回文を作ることは、鏡の向こうに現れる遠い時代の自分なのかなんなのか……鏡合わせになったものと交わる感じで。それを又吉さんに丸投げしたら、「こんな世界が現れるの?」っていつも驚いていました(笑)。

ーーなるほど。例えば、「つかのま寝静まり。ブラピラブリ、まずシネマの活!」という回文がありましたが、「ブラピと書いたら、この作品には触れられるっしょ」ってレベルのこともなかったんですか?

満島 あ、それはありました(笑)。『セブン』か?『ジョーブラックをよろしく』か?と思っていたら……。

又吉 『カリフォルニア』でしたもんね(笑)

満島 (笑)。

ーー最初におっしゃられた「私が書いたわけじゃない」って感覚とも通じると思いますが、満島さんは本書に収録されたコジヤジコさんとの対談の中でも、「回文だとフリフリのお洋服もお構なく着られる感じ」があると語っていますよね。逆に、又吉さんがこういう企画だからこそ、普段の自分だったら使わない表現や設定が出ちゃった、みたいな経験はありましたか?

又吉 結構多かったような気がしますね、「こういう設定、自分じゃ絶対作らんやろな」っていうのは。さっきのブラット・ビットのやつもそうですけど、広告代理店って職業の知識が全くないまま、適当に書いていますから(笑)。たぶん自分だけだと、 もうちょっと知ってるところに引き寄せて書いてしまったりすると思うんですよ。だから、 満島さんが下ろしてきた言葉を読みながら、「これってどういうことなんやろうな」と読解しているみたいなイメージでした。自分がなんとなく用意してたものと回文を結びつけるみたいなことは、1回もやってないですね。

ーー最後に、この本との理想的な出会い方を教えていただけますか?

満島 たまたま置いてあったから読んだ……みたいなのが1番面白そうですよね。本当は著者名とかも載せたくなかったぐらいなんですよ。「何の本? 意味がわからない!でもちょっと楽しいかも!」くらいの感じを、なんとなく目指していたので。

ーーデザイナーさんとのやりとりも満島さんご自身でされたと聞きました。

満島 「右利きでしたら、左手で奇跡起こすみたいなデザインでお願いします」なんて無茶苦茶な発注をしました(笑)。デザインを担当した三井竜太さんは奄美大島に暮らす友人なんですが、彼の作るひとつひとつのページやフォントも素敵で。文章だけでなく、写真やデザインも含めて、不思議なことがいっぱいある本になったので、もちろんお家で読んでくれるのも嬉しいけど、洋服屋さんやコーヒー屋さんに置いてあるのをたまたま手に取ってもらうのもいいんじゃないですかね。3ページくらいめくれば、1個の作品が読み終われちゃいますから。その気軽さみたいなものもすごくいいなと思っていて。あと、別にそんなに意味がないってところもポイントですね。私の回文も、又吉さんの文章にもさほど意味はないんだけど、なぜか日常に刺さっちゃって、「なんだったんだろう。誰が書いたんだろう」ってくらいが、いいのかなと思います。

又吉 連載中、美容室で読んでめっちゃ面白かったって感想を何人かに聞きましたが、一気読みする感じではないかもしれないですね。

満島 一気読みするとぐったりするかもしれない(笑)。だって、3年分の又吉さんの”何か”が詰まっているから。数年後とかに違う雑誌で連載を始めたら面白そうですよね。そうすると書くことがまた変わりそう……次はポパイでお願いしようかな(笑)。

インフォメーション

満島ひかりの回文と又吉直樹のショートストーリーが共演!?

軽いノリノリのイルカ

2020年から’23年まで『GINZA』に連載された「まさかさかさま」をまとめた一冊。連載時に掲載された30回分に加え、書き下ろし回文&ショートストーリー11本、満島と回文作家との対談2本を収録。マガジンハウス/¥1,980

プロフィール

満島ひかり

みつしま・ひかり|1985年生まれ。俳優、歌手。60役以上の声優を務めるアニメ番組「アイラブみー」、ラジオ「ヴォイスミツシマ」がレギュラー放送中。主演映画『ラストマイル』が大ヒット上映中。


又吉直樹

またよし・なおき|1980年生まれ。お笑いコンビ「ピース」で活動。2015年には小説『火花』で芥川賞を受賞。その他の作品に、小説『劇場』『人間』、エッセイ『月と散文』など。公式YouTubeチャンネル『渦』も更新中。