
カルチャー
テレビっ子集まれ〜!『放送ライブラリー』で電波の旅へ。
photo: Koh Akazawa
text: Ryoma Uchida
edit: Kosuke Ide
2024年3月5日
「昨日のあれ見た?」なんて会話をすることがなくなって久しい。SNS、サブスク、ゲームなどなど娯楽が多様化したことで、かつての「共通言語」だったテレビやラジオが当たり前にある景色は、過去のものになりつつある。
そんななかで、テレビは放送開始から昨年で70年の節目、ラジオ放送は来年には100周年を迎える。1世紀近くも大衆文化の中心を担ってきたこれらのメディアは、現代の歴史を物語る一つの重要な歴史的資料だ。それにもかかわらず、放送文化は基本的に”送り・放たれる”ものだから、見逃したものや、生まれる前のものについて知る機会はあまりない。
いや、TVerやYouTube、サブスクがあるじゃないか、といっても権利関係をクリアしてなかったり、保存して配信することを想定していなかったりして取りこぼされた番組は無数にある。それに、切り抜かれた番組単体というより、放送文化そのものを俯瞰して体系的にディグしていくのが、情報やエンタメで溢れる現代における、クールなテレビウォッチャーの姿ではないか!
YouTubeでは味わえない、放送文化をディグ。
そこで訪れたいのが、みなとみらい線・日本大通り駅から直結の『放送ライブラリー』。1991年に開設したここは、放送法に基づく国内唯一の放送番組専門のアーカイブ施設。館内は、テレビやラジオ番組、CMなど放送に関するアーカイブが公開されている視聴ホールと、展示・イベントが随時開催される展示ホールの2フロアを備えている。なんといっても驚くべきは入場無料である点。公園や図書館と同じような感覚で気軽に訪れることができる最強の遊び場の一つでもあるのだ。

2000年に現在の横浜情報文化センターの8、9階へと移転。山下公園や馬車道もすぐの小洒落たエリアに位置しているから、散歩やデートのついでにも良さそうだ。

放送界全体の共同事業ということで、局の垣根を越えてずらっと並ぶ入り口の看板は壮観。
視聴ホールでは、放送初期から近年に至るまでのNHK・民放局のテレビ・ラジオ番組、CMのアーカイブが39,000本ほど閲覧可能。座席の端末で番組検索を行い、見たいタイトルを選択すると、その場で番組を視聴することができる。真赤なイスにモニターのおかれたブースがずらりと並ぶ様は、どことなく『2001年宇宙の旅』のワンシーンのような近未来感が漂う。それに倣って例えるならばこちらは”電波の旅”といってもいいかもしれない。
「あなたへのおすすめ」が存在しない、アーカイブの網羅的世界へ飛び込む。
近年放送されたものから、古くは日本のテレビ本放送の幕開きとなる1953年の『NHK東京テレビジョン開局に当たって』をはじめ、数々のドキュメンタリー、昨年逝去した脚本家の山田太一の名作や『太陽にほえろ!』などの懐かしのドラマ、『クイズダービー』『スター誕生!』『カノッサの屈辱』といった伝説のバラエティなど、テレビっ子ならば垂涎のラインナップ。「古い順」「年代」「出演者名」のように気になるワードやフィルターをかけて検索してみると、埋もれた宝がじゃんじゃん出てくる。
あてもなく探していると、「流星の貴公子」と呼ばれた競走馬テンポイントの栄光と悲劇の一生を、詩人・寺山修司の構成、音楽・森田公一のもとロマン豊かに描いたスポーツ番組『風花の中に散った流星 名馬テンポイント』(1978年/関西テレビ放送)がヒット。こんな番組があったのか。ちなみに、施設の1ヶ月分の視聴ランキングも入り口付近に掲示されているから、手始めに人気の番組から探してみることもできる。取材時の上位には『紅白歌合戦』『ザ・ベストテン』『ひょうきん族』などがランクインしていた。
ラジオを古い順に見てみると、なんと1940年代のものを発見。『街頭録音 青少年の不良化を何うして防ぐか ガード下の娘たち』(1947年/NHK)では、小型隠しマイクをしのばせたアナウンサーが、東京・有楽町のガード下でたむろする女性たちにインタビューする様子が聴けた。ぶしつけな質問や高圧的なインタビュアーの態度にもびっくりだが、戦後すぐの東京の人々の喋り方を知ることができて、当時のリアルな空気感をそのまま真空パックさせたような、歴史的価値を感じさせるアーカイブだ。
「おすすめはテレビCMです」と語るのは施設を運営する『放送番組センター』主管の齋藤さん。「当時の日常や世相をよく知ることができるのがCMです。幼少期を思い出して懐かしい気持ちになったり、今では売っていないレアな商品を見られたり、その時代を凝縮した、2〜30秒に詰まったアイディアの結晶に触れたりできるのが魅力的です」。
松下電器(当時)制作の「トランジスタラジオクーガ115」のCM『母の国の声』(1975年)では、ラジオを聴きながら母を思い涙ぐむ兵士の姿が映し出される。ベトナム戦争を反映した構成で、今やみることのない商品、音楽、時代の景色が映し出され、もはやタイムトラベル。「スキップ」の文字をクリックしたくなるCMの時間だけれど、昔のものとなるとじっくり鑑賞したくなる不思議。
9階は展示フロア。体験型の常設展示と企画展示のコーナーで楽しみながら放送について学ぶことができる。グリーンバックでのアナウンサー体験は世代を問わず人気のコーナー。この日も子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。

アナウンサー体験コーナーでは、グリーンバックを背景に原稿を読み上げると、その場でニュース映像に合成される。なりきるのがコツ。

こちらは現在横浜エリアで受信できるテレビチャンネルがリアルタイムで映し出されている。5、6台のビデオデッキを備えていたというナンシー関は、かつてこんな感じでウォッチしていたのかなあ。
「放送された番組には、清濁併せ呑むような面があります」と齋藤さんは言う。「感動的なもの、勉強になるものがある一方で、くだらなかったり、時にはPTAから”子どもに見せたくない”と思われてしまうものもあれば、大人になってから当時を思い出す装置となって、多くの人にとっての時代のひとつの共通認識になったりもします。ぜひこの施設を利用して、色んな時代や文化を網羅的に見て、様々な時代精神に触れてもらえたら、きっと世界が広がっていくはずです」
たくさんのコンテンツで溢れている今日この頃。コスパ&タイパを重視していると、自分用にサジェストされた「あなたへのおすすめ」や、世間の話題作ばかりがついつい目につく。忘れられたものに出会ったり、その価値を読み解いたりするような機会は少ない。でも、このような放送アーカイブは長く「かたち」が残っていく文化的資産だからこそ、それに触れてみることはきっと、YouTubeでは味わうことのできない”ものを見る”行為だ。能動的に、体系を追ってより深くディグし、知的好奇心を刺激する電波の旅に出てみれば、「70年前のあれ見た?」なんて不思議な会話が広がるかもしれない。
インフォメーション

放送ライブラリー
(公財)放送番組センターが運営。放送法に基づく日本唯一の放送番組専門のアーカイブ施設。過去のテレビ・ラジオ番組、CMなど約3万9000本を無料で公開。ライブラリーで視聴できる番組は事前にネットからも検索できる。映像を中心とした体験型の常設展示のほか、放送に関する様々なイベントを随時開催。展示フロアでは、2月23日(金)〜4月7日(日)まで『体験!体感!!テレビ美術のうらおもて』を開催中。
◯神奈川県横浜市中区日本大通11番地 横浜情報文化センター内 ☎045•222•2828 10:00~17:00(視聴の申込みは閉館30分前まで)月・休(祝日の場合は次の平日)、年末年始
公式ウェブサイト
https://www.bpcj.or.jp/
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