おいしい料理はたくさん知ったし、自分で作るようにもなった。
それでも、思い出の中のあの味だけは、やっぱり特別なんだよな。

いつの日からか、うちのコロッケは二種類になった。まあるいコロッケと揚げないコロッケ。
母がある日、「友人に教えてもらったの」と作ってくれた揚げないコロッケ。潰したじゃがいも、炒めた挽肉と玉ねぎを混ぜた「中身」をそれぞれのお皿によそい、その上ににんにくのみじん切りとともに炒って香りをつけたパン粉をかける。そしてソースをかけるだけ。それまでのまあるいコロッケのイメージが覆され、みんなで「これは新しいね!」と言いながら何度もお代わりしたのを覚えている。時間が経っても衣がしなしなにならないからいつでも出来立てのコロッケのようにサクサクしている。そして何より揚げていないからヘルシーなのだ。すぐに家族のお気に入りメニューの仲間入りを果たした。
アメリカに留学した1年目の秋、寮の仲間とそれぞれ一品を持ち寄ってサンクスギビングディナーをすることになった。日本食だとなにができるかな、と考えて揚げないコロッケを作ることにした。アメリカで日本食といえばお寿司や天ぷらがやはり人気だったが、お刺身は高いし揚げ物はハードルが高かった。揚げないコロッケだったら材料も集めやすいし、ソース味だからアメリカの料理と味が近くてきっとみんな喜んでくれるだろうと思った。
母にメールでレシピを送ってもらい、準備をすることになった。その頃、英語がうまく喋れなかった私は、とにかくみんなとコミュニケーションが取りたかった。自分の意見をしっかり主張するアメリカでは、喋らない=喋りたくないと解釈されてしまう。英語ができないことはもちろん、周りの自己主張の強さに圧倒されてしまい、いつもうまくコミュニケーションが取れなかった。だから、喜んでもらえるように一生懸命作った。
ディナーの時間になり、どきどきしながら揚げないコロッケの売れ行きを見守った。すると誰かが「これ美味しい!」と叫んだ。それからみるみるうちにコロッケは売れて行き、私の揚げないコロッケ作戦は大成功に終わった。
料理を誰かに食べてもらう喜びをこのとき初めて味わった。みんなともっと話したい! という気持ちを抱えていた自分にとって、揚げないコロッケは会話を始める掛け橋にもなってくれて、喜びもひとしおだった。
大好きなおふくろの味は数え切れないほどあるが、揚げないコロッケは初めて自分で作れるようになった、おふくろの味である。