カルチャー
すべてのシーンを100回くらいリハーサルしてから撮影に臨みました。
映画『ほつれる』主演、門脇麦さんにインタビュー。
2023年9月7日
text: Keisuke Kagiwada
『ほつれる』は異色としか言いようがない。主人公の綿子は、夫がいる身でありながら、木村という男と頻繁に逢瀬を重ねている。そんな綿子がある出来事をきっかけに人生と真摯に向き合う過程を描いた作品なのだが、その台詞回しは日常的過ぎて、一般的な邦画の台詞回しに慣れた人が観たら異色に映るに違いない。監督&脚本を手がけたのは、演劇界で注目を集める俊英、加藤拓也さん。綿子を演じた門脇麦さんに、加藤監督の独特の映画づくりについて話を聞いた。
ーーまず、脚本について伺わせてください。ごく普通の日常会話を通して繊細な心の機微を表現するその言葉遣いは、舞台でも活躍されている加藤監督ならではだと思いました。門脇さんは最初に読んだとき、どんな感想を持ちましたか?
加藤さんの脚本には、「え、あー、はい、そうですね」みたいな、日常会話の生々しい部分まですべて緻密に書かれているんです。あそこまで繊細な脚本はあまりないので、「あ、これができるんだ」って喜びをすごく感じましたね。
ーーすべて書かれていたんですか! てっきりアドリブもあるのかと思っていました。では、ご自身が演じた綿子はどう捉えましたか? 見ようによっては、厄介な性格の人物なのかなとも思いましたが。
正直、あんまり好きじゃないキャラクターでしたね(笑)。でも、私としては最後まで綿子という存在を俯瞰して見ながら演じていた感じです。この映画って面白くて、綿子が登場しないシーンが一個もないんですよ。普通だったら、綿子が部屋を出て行った後に、旦那さん1人の背中のカットがあったりするじゃないですか。でも、そういう「一方その頃」みたいなシーンがまったくなくて。お客さんも感情移入するというより、綿子を俯瞰して観察するような映画になるんじゃないかなと思ったので、私も入り込み過ぎず、ある人物の人生の記録を覗いている感じで演じましたね。
あと、今回の場合、撮影に入る前に2週間弱リハーサル期間があったんですよ。すべてのシーンをもう100回はやったんじゃないかって感じで撮影に臨んでいるので、正直もうよくわかんなくなっている部分もありました(笑)。それが監督の狙いだったのかはわからないんですけど、綿子がどういう感情やどういう思考で行動をしているのか、やり過ぎてわけわかんないっていう。でも、本当の人生もそんなもんじゃないかなって思うんですよ。「こういうところで不満を覚えたからああいう行動に出たんだ」ってわかるのは後から振り返ったときで、その時点では理路整然と説明できるものじゃない。だから、わからなくてもいいかなと思いながら演じていました。
ーーなるほど。じゃあ、現場でアドリブすることもなかったんですか?
ひと言もなかったんじゃないですかね。
ーー綿子と夫の文則がワインを飲みながら部屋の中を歩き回るシーンでは、途中で綿子が自分の足の臭いを嗅いで倒れそうになるじゃないですか? あそこなんかはナチュラルに唐突で、アドリブとしか思えませんでした。
いえ、「何回目だろう?」ってくらい嗅いでました(笑)。でも、すごい不思議な感覚でしたね。加藤さんの綿密な脚本をひと言ひと言ちゃんと追っていれば、不思議と会話のリズムができるんですよ。自分で作るのを排除した方が台詞が生きてくるというか、とにかく忠実にやればそれが正解というか。だから、脚本というより楽譜のようでしたね。普段の脚本の場合、地の文を自分なりの色付けでリアルにするみたいな感覚が私の中にはあって。塗り絵で言うと、色が塗られていない状態が脚本で、それを自分がリアルに色付けしていく感覚なんですけど、今回は自分で色付けする必要がなかったです。
あと、どの脚本にも、役者が自ら無理やり起こさなきゃいけない感情っていうのがあるんです。例えば、泣くとか怒るとかのエンジンって、自分でかけることの方が多いんですけど、加藤さんはそれを許さないというか。実際、リハーサルのときに、「今、自分でギアを入れちゃいましたよね? それは脚本のせいだと思うので、ちょっと待ってください」みたいに、加藤さんがその場で台本を修正するなんてこともありました。それも含めて、とにかくナチュラルな感情で突発的に怒ったり泣いたりできるような準備を万端に整えてくれる人でしたね。そういう人には初めて出会ったので、すごく面白かったし、興味深かったです。
ーー確かに興味深いですね。綿子と文則の関係は冷え切っていて、だからこそ彼女の気持ちは木村という男に向かうわけですが、そうは言っても綿子は、文則に対してわかりやすく無視したり、怪訝な態度をとったりせず、普通に会話をします。にもかかわらず、綿子の文則と木村に対する態度には明らかな違いが見受けられるのがすごいなと思ったのですが、その微妙なニュアンスも、脚本通りにやったらそうなったんですか?
そうですね。リハーサルのなかで、加藤さんと微調整みたいなことはしましたけど。「もっと淡々とやってみて」とか。でも、その通りにやると、本当にうまくいくんですよね。きっと加藤さんの中には”絶対の何か”があって、その”絶対の何か”を脚本に収めることができるのかもしれません。作品によっては、半分は脚本にあるけど、もう半分は演出で作っていくこともありますが、加藤さんの場合は、脚本の中で99%完成させられる人なんじゃないかなって勝手に思っています。謎めいた人だし、「こういうことなんですよね?」って言っても「あはは」とかわしてくるので、わかりませんけど(笑)。
ーーしかし、本作は脚本で99%完成しているとは思えないくらい、動作で繊細に感情を表現する演出もありますよね。印象に残っているのは、劇中で初めて綿子と文則が互いの感情をぶつけ合うラスト近くのシーンです。その感情の高まりを、これまで視線を交わらせることはなかった2人が、初めて見つめ合うことで表現されていて、見事だなと思いました。
そこは監督も悩まれてた気がします。実際、加藤さんも映像だけで、綿子たちの感情を表現したいとずっとおっしゃっていて、それが目を合わせるかどうかという話になると思うんですが、だからと言って目を合わせる演技を撮るのではなく、そうせざるをえないようなアングルを探すことにこだわられていたというか。特にあのシーンはワンカットだったので、どこにカメラを置くと綿子の心情に寄り添えるのかってことを、リハーサル中も撮影中も苦労して探られていた印象です。でも、完成版を観たら、心情と情報が詰まった意味のあるワンカットだったので、「あ、こういうことがやりたかったのか」とわかりました。ただ、加藤さんの頭の中は天才過ぎて、本当に何を考えているか謎ですね。掴めないまま終わってしまったのが、残念です(笑)
インフォメーション
ほつれる
綿子と夫である文則の夫婦関係は冷え切っていた。彼女は友人の紹介で知り合った木村と頻繁に会っていたが、あるとき彼女の目の前で事故に遭い、帰らぬ人となってしまう。心の支えとなっていた木村の死を受け入れることができぬまま変わらぬ日常を過ごす綿子は、彼との思い出の地をたどっていく。文則を田村健太郎、木村を染谷将太が演じている。9月8日より公開。
プロフィール
門脇麦
かどわき・むぎ|1992年、東京都出身。2011年、ドラマでデビュー。近年の出演作に映画『渇水』『天間荘の三姉妹』、ドラマ『リバーサルオーケストラ』『ながたんと青と-いちかの料理帖-』など。また、23年11月から村上春樹原作、インバル・ピント演出の舞台「ねじまき鳥クロニクル」が再演予定。
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