カルチャー
写真集『MYSTERY STREET』をレビュー。
クリティカルヒット・パレード
2023年6月19日
illustration: Nanook
text: Runa Anzai
edit: Keisuke Kagiwada
毎週月曜、週ごとに新しい小説や映画、写真集や美術展などの批評を掲載する「クリティカルヒット・パレード」。6月の3週目は、編集者の安齋瑠納さんが、写真集『MYSTERY STREET』をレビュー!
写真家ヴァンサンタ・ヨガナンタンの最新作を手に取るとまずその豊かな色彩に目を奪われる。芝生や街路樹の鮮やかな緑、灼熱の太陽に照らされる赤や黄色の遊具、それらで遊ぶ子供達の衣服もまた色とりどりだ。淡いオレンジやネイビーも夕暮れ時の空の上で美しいグラデーションを描いていく。どんな風景や被写体からも多彩な色を引き出すことに長けているのは、ヨガナンタンの過去作を見れば明白であるが、本作がそれらと大きく異なる点は、全編を通して非常にグラフィカルかつ被写体に対して至近距離から撮影されているということだ。背景と被写体、時には被写体同士の身体が交わり合うような構図、光と影のコントラスト、そして全体に散りばめられた色彩のアクセント。こうした写真群に引き込まれるようにページをめくっていくと、160ページというボリュームの一冊をあっという間に見終えてしまう。一体どこで、誰を撮影した写真集なのか?そうしたコンテクストには全く触れられないまま、淡々とシークエンスされた写真が続くのだ。まずは、本作がそのコンテクストを差し置いて視覚表現として優れた一冊だということを述べておきたい。
2022年の夏にルイジアナ州ニューオーリンズで撮影されたシリーズをまとめたヨガナンタンの新作は、フランスを拠点とし、ヨガナンタンが共同設立者を務める出版社CHOSE COMMUNEから刊行されている。2013年〜2021年までの長期間にわたり取り組んでいた全7冊からなる写真集プロジェクトA Myth of Two Souls以降、ヨガナンタンにとっては、初の写真集となる。CHOSE COMMUNEは、須田一政のFamily Diaryやディアナ・ダイクマンのLiving and Waving、鈴木萌のSOKOHIなど、写真家とその家族の関係性を描いた写真集を数多く生み出し、高い評価を得ている。本作の被写体は、家族ではなくニューオーリンズに住む8歳〜12歳の子供達だが、被写体とカメラの距離感や子供達のリラックスした表情からヨガナンタンが子供達と丁寧に時間をかけて信頼関係を築いたことが見て取れる。
写真集の最後に収録されている写真史家タオス・ダマニとの対談でヨガナンタンはこう述べている。「今回はすべて広角レンズを用いて撮影しているので、物理的に子供達との距離を縮めなければポートレイトを撮影できませんでした。結果、観賞者にも同じようにその近い距離を感じとってもらうことができると思います。広角レンズは、映画では被写体との親密な関係性を表現する際によく使われているんです」。この対談はある意味本作の答え合わせのように機能している。先述したように使用した機材などのスペック的な面をはじめ、具体的にニューオーリンズのどのエリアで撮影されたのか、子供達とどういったコミュニケーションが取られたのか。さらには、ヨガナンタンの写真の創造源や写真業界における多様性、写真が持つ政治的重要性にまで触れられているのも非常に興味深かった。
対談の冒頭には、人種差別抗議運動Black Lives Matterをきっかけに、北アメリカの報道写真業界でもその多様性を見直す動きがあったことが述べられる一方で、ヴァンサンタが生まれ育ち、現在も拠点とするフランスはまだまだ白人中心で多様性にかけているという内容のやりとりが綴られている。同時にアメリカでは「誰が誰を撮影できるのか?」という議論が盛んに行われ「白人は黒人を撮影できるのか?」「裕福な人が低所得者を撮影できるのか?」「男性は女性を撮影できるのか?」といった疑問が日常的に投げかけられているのだとヨガナンタンは話す。
そもそも、誰が何かを撮る、もしくは撮られるのに相応しい、という基準を決めることはできるのだろうか? 特定のコミュニティを撮影する際にその写真家の文化的、政治的、あるいは宗教的バックグラウンドは関係があるのだろうか? そうした背景が写真に特別な 意味を与えることも少なくはないが、「誰が何を撮るのか?」ではなくどの「ような姿勢や眼差しで被写体と向きあうのか」がもっとも重要なのではないだろうか。スリランカ人の父とフランス人の母のもと、フランスで生まれ育ったヨガナンタンにとってニューオーリンズは縁もゆかりもない土地。「事前の下調べは最低限に撮影に挑んだ」というヨガナンタンの言葉からもわかるように、写真家として公平に子供達を向き合おうとした姿勢と穏やかで優しい眼差しを感じ取れる一冊にまとまっている。
レビュアー
安齋瑠納
あんざい・るな|1995年、長野県生まれ。2011年に渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション、ファッションフォトグラフィー学科を卒業後、2017年に帰国。以降、東京を拠点とするクリエイティブエイジェンシーkontaktでプロデューサーとして従事しながら、写真やファッション関連の執筆を行う。
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