カルチャー
カート・ヴォネガット著『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』をレビュー。
クリティカルヒット・パレード
2023年6月5日
illustration: Nanook
text: Kohei Aoki
edit: Keisuke Kagiwada

毎週月曜、週ごとに新しい小説や映画、写真集や美術展などの批評を掲載する「クリティカルヒット・パレード」。6月の1週目は、アメリカ文学を研究する青木耕平さんによる、カート・ヴォネガット著『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』のレビューをお届け!

カート・ヴォネガット(著)
浅倉久志、大森望(訳)
¥2,420/早川書房
ハイホー! ついに、ついに、ついに、『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』が日本語で読めるようになった! 私はこの日が来るのを、随分と長い間待ち望んでいた。日本語でカート・ヴォネガットを読んできた一人として、心から感謝いたします。浅倉久志さん、大森望さん、訳してくれてありがとうございます。早川書房さん、発売してくれてありがとうございます。あなたがたに神の祝福を!
何がそんなにめでたいって、これでヴォネガットが生前に発表した「フィクション」に分類される単著が(戯曲をのぞき)全て日本語で読めるようになったのだ。ハイホー! 朗報だぜキヴォーキアン先生、あなたはもう孤独じゃない!
ヴォネガットが向こう側に行ってしまったのは、2007年の4月11日だった。寂しくて悲しくて、日本でも多くの読者がシクシク泣いた。その翌月、『国のない男』が邦訳刊行された。それは、ヴォネガットが生前最後に発表した単著だった。驚くべきことであるが、すでにこのとき、ヴォネガットの長編小説は14冊全てが翻訳され、短編小説も主要エッセイ集もほぼ全て文庫で読める状態となっていたのだ。すごい!こんなに日本で愛された海外の作家が他にいますか?
だからこそヴォネガットを愛する日本の読者は、1999年に刊行された『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』が未邦訳であることが気になって仕方がなかった。ヴォネガット読者ならば誰でもタイトルを耳にした瞬間、あの傑作長編『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』の自己パロディーであると気付いてウズウズがとまらない。臨死体験で出会った死者たちへの架空インタビュー集という設定だけでワクワクするのに、なんと1997年に発表された最後の小説『タイムクエイク』でバイバイしたはずのキルゴア・トラウトが特別出演するらしい。 そんなの、読みたいに決まっている。でも邦訳がない! そう誰かに嘆くと決まり文句のようにこう返ってくるのだ。「英語で読めばいいんじゃない?」
大きい声で言わせてほしい。「英語で小説なんか読めるか!」
しかし、当時の私は本書の邦訳刊行を確信し、そこまで焦らずにいた。なぜといって、ヴォネガット逝去後、それまでの未発表原稿がアメリカで出版され始めると、次々と日本でも翻訳されていったのである。すごい!こんなに日本で愛された海外の作家が他にいますか?
何を隠そうヴォネガット逝去の翌年『追憶のハルマゲドン』が邦訳刊行された2008年、私はその刊行元で営業部員として働いていたのである。営業先の書店に頭を下げては『追憶のハルマゲドン』を新刊棚に積み上げてもらった。文庫売り場では『スローターハウス5』の直筆ポップを書いて展開した。さながら気分はヴォネガット教の伝道者だった。 私のことはビリー・アオキと呼んでくれたまえ!私は編集者・企画部署に『キヴォーキアン先生』の翻訳は出ないのですか? と尋ねた。曖昧な返事をされてから、やはりこう言われた。「そんなに読みたいなら英語で読めばいいんじゃない?」。あらためて言わせてくれ、「英語で小説なんか読めるか!」
さて、そのあと色々あって私はヴォネガットを売る側から教える側へと転身した。初めて大学の講義で原書購読を受け持ったとき、私は迷わず課題テキストに『スローターハウス5』を指定した。もちろん英語である。今度は大学生協に『スローターハウス5』が山積みだ!ビリー・アオキは不滅である! 受講生たちは誰一人として「英語で小説なんか読めるか!」 と不平をこぼさず頑張って読んでくれた。人間やればできる!
そうこうしながら、わたし自身も「英語で小説なんか読めるか!」と悪態をつきながら、『キヴォーキアン先生』を英語で頑張って読んだ。キルゴア・トラウトにもう一度会えたときの感動は忘れられない。人間やればできる!
月日が流れ、2022年が過ぎ、もしヴォネガットが生きていたとしたら100歳を超えるまでになった。生誕100年を祝うようにさまざまなイベントが行われ、アメリカではヴォネガットのドキュメンタリー映画が公開されるなどした。そしてついに日本でこうして『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』が邦訳刊行された。
この世には、「翻訳されることに意味がある」書籍というものがある。日本の文学シーンに拭い去りがたい影響を与えたカート・ヴォネガットの未訳作品が日本語で読める、それだけで価値がある。くわえて、リー・ストリンガーと創作をめぐって対談した共著「神様と握手」まで本書には併録されている。こんなお得な本、他にありますか? さぁ、寝ているあなたよ起きなさい! あなたにはやることがある! 書店に走って本書を買うのだ!
……え? 本記事がまったく書籍の「レビュー」をしていないただの販促記事じゃないかって? チリンガリーン! 正解! はい、その通りです。今回の「クリティカルヒット・パレード」は、普段担当している青木耕平ではなく、ヴォネガット新刊販促担当のビリー・アオキがお届けしました。さて、もしあなたがヴォネガットを全く読んだことがないのなら、なにはともあれ『スローターハウス5』を読みましょう。そして、もしあなたが2008年の私と同じく、邦訳されているヴォネガットの全作品・全書籍をすでに読んでいるのだとしたら…………友よ、おそらくきっと、これが最後だ。これが歴史だ、読んで泣け。
レビュアー
青木耕平
あおき・こうへい | 1984年生まれ。愛知県立大学講師。アメリカ文学研究。著書に『現代アメリカ文学ポップコーン大盛』(共著、書肆侃侃房)。
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