カルチャー

そのレコード、聴いてみたいな。Vol.3【後編】

DJ、「Stones Throw Records」創設者・Peanut Butter Wolf

2023年6月8日

レコードと時計。


photo: Shane Sakanoi
text: Koji Toyoda
2023年6月 914号初出

PBW’s Interview, more, more, more!

 さて、ここからは誌面でなくなく載せることができなかったアウトテイク。実はインタビュー中、PBW先生はローファイな音楽についてもっと詳しく説明してくれていた。これが実に興味深い内容で、その言葉に耳を傾ければ、いつも雲を掴むような感じだったローファイ音楽の輪郭がはっきりしてくる。まずは、ローファイの定義から!

「“ローファイ”とは、高価なスタジオで録音するよりも寝室でカセットテープに録音したような音楽のこと。録音技術をよく知らない人たちがありのままを吹き込んだものだから、エフェクトやコンプレッションをほとんど使わないのが特徴。基本的には、ダーティで生々しいサウンドで、あまり洗練されていない音楽全般を指すことが多いんだ。例えば、Antoneの『Windows Of My Mind』なんかわかりやすい一例だと思う。個人的には“ミュージシャンと同じ部屋で生演奏を聴いているような感覚になれる”音楽こそが、ローファイサウンドだと思っているよ。だから、そういう意味では、きれいな音作りをしているArlanaの『When You Call My Name』も、Sly & The Family Stoneのアルバム『There’s a Riot Going On』なんかもローファイに括られてもいいと思っている。そうそう、TonettaやAta-Kak、Doug Hream Bluntのレコードも素晴らしいローファイなサウンドが聴ける、とても素晴らしい1枚だよね。こういうものこそ、レコードで聴くべき音楽だと思うよ。あと、Ariel Pinkもね」

 ふむふむ。個人的にはペイヴメントやEL-Pをイメージしていたから、the Sly & The Family Stoneもローファイだ、と言われてびっくり。確かによーく聴いてみるとローファイっちゃローファイに思える。やはり世界一のレコードディガーの視点は、微に入り細を穿っている。

Gary Wilsonの『You Think You Really Know Me』は知っている? あれは「ローファイ」と「ハイファイ」の録音技術を組み合わせた素晴らしい例だ。親密なサウンドでありながら、テープヒス(録音テープを再生する時の雑音)もあまり感じない。Arthur Russellの作品のほとんども、いい意味で「ローファイ」と「ハイファイ」の中間にある音に聴こえる。こういう音楽も僕には重要で、“Campus Christy”という名義でこれから出す歌のアルバムは、元々ハイファイな曲もあれば、ローファイな曲もあって、その中間のようなカヴァーを選んだ。その“中間”みたいな音楽はどういうものかと言うと、Shuggie Otisの『Strawberry Letter 23』を聴いて、Quincy JonesがプロデュースしたThe Brothers Johnsonの同曲を聴いてみるとわかるはず。Shuggieの方がよりいかにもローファイな親密なサウンドだけど、The Brothers Johnsonはより大きなサウンド。より踊りたくなるような感じになるじゃない? 続けて今度は、Chaz Jankelの『Ai No Corrida』のオリジナル・バージョンの後に、Quincy Jonesの同曲バージョンを聴いてみて。Quincyはチャールズ・メイというゴスペルシンガーに歌わせたので、アレンジや楽器編成、録音技術も大きくなっている。Quincyは、あえて元々小さいサウンドの曲を大きくしたんだ。どう少しはわかったかな? 
 しかし、Quincyは素晴らしいプロデューサーだよね。Michael Jacksonの『Don’t Stop Til You get Enough』のイントロにギターストリングスを加えたことでも有名だけど、あれは最初はMichael Jacksonが嫌がっていたのに、Quincyがどうしても残したいと粘り勝ちしたものなんだ。でも、この曲の素晴らしい部分になったでしょ。おっと、これは余談だったね」

 おー。PBW先生の素晴らしいローファイ講義。次々と飛び出たレコードをチェックしてみれば、先生の言わんとしていることが、徐々に輪郭帯びて、はっきりしてくる。

 しかし、先生はやっぱりクラシックな曲がお好きみたい。この前、The Grand LAでやったバスキアの展示「Jean-Michel Basquiat: King Pleasure©」のオープニングイベントでDJを担当した際も、若いときに買ったレコード中心のセットを組んだそう。

「あれはジャン・ミシェル・バスキアが活動していた、1982年〜1988年に出たレコードを中心にしたものなんだ。これらの曲は、実は12歳の時に学校のクラスの生徒が選んだ年間ベストソング(笑)。でも、聴いてみればわかるでしょ? 若い人たちだって気に入ってくれるようなものがたくさんあるんだよ」

 以下が、そのリストだ!

『Paradise』by Change
『Screw』by The Cure
『Work For Love』by Ministry
『Cosmic Cars』by Cybotorn
『Dominatrix Sleeps Tonight』by Dominatrix
『State Of Independence』by Donna Summer
『Tell me That I’m Dreaming』by but Was (Not Was)
『Memories』by Public Image Ltd.
『E.T. Boogie』by The Extra T’s
『Adventures In Success』by Will Powers
『Nipple To The Bottle』by Grace Jones
『She’s Lost Control』by Joy Division
『Hip Hop, Be Bop (Don’t Stop)』by Man Parrish
『Twist』by Tones On Tail
『On a Journey (I Sing the Funk Electric)』 by Electrik Funk
『I’m A Wonderful Thing』by Kid Creole & The Coconuts
『Sex Drawf』by Soft Cell
『Wordy Rappinghood』by Tom Tom Club
『Numbers』by Kraftwerk

 一通り、上のプレイリストで聴いてみれば、その無尽蔵な雑食性に頭が下がる。Ministryがインダストリアルメタルじゃなかった時代があったとは! ここから広がる音楽の地平もたくさんあると思う。

 ちなみにさっきも話してくれたけれど、先生は“Campus Christy”名義で歌モノをリリースする予定もあり。これがただ影響を受けた誰かの歌を並べたオムニバスじゃなくて、まさかの全曲、先生がボーカルを務めるカバー集!

「‘60年代サイケポップの隠れた名曲、JK&Coの『Fly』に、ビートルズに似たロックバンドThe Cyrkleの『The Visit』。’80年代のDIYモダンソウル、Candle Tribeの『Candles』とかね。クラウトロックにサイケロック、プログレ、ゴスペルエレクトロ、ジャズ、バラードまで、とにかく好きな曲を好きなように唄ってみたよ。そうそう、Niel Youngのカバーもやったなぁ(笑)。子供の頃に聴いたものもあれば、ロックダウン中の暇なときに初めて耳にした曲もあるんだ。僕の歌声をみんなが気に入るかわからないけれど、その出来栄えにはとても満足しているよ」

 一足先に聴かせてもらったけれど、それはまるでPBWが目の前で歌ってくれるようなとても親密なアルバムだった。先生の歌声や選んだ曲に、ここまで話してくれた“ローファイ”とは何たるかが詰まっている。主宰するレーベル「ストーンズスロウレコーズ」でレコードがリリースされた暁には、部屋に篭って、このレコードをBGMに気怠い週末をのんびり過ごしたいものだ。

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Peanut Butter Wolf

ピーナッツ・バター・ウルフ|DJ、「Stones Throw Records」創設者。1969年、カリフォルニア州サンノゼ生まれ。10歳でレコードを収集し始め、16歳になるとスクラッチやドラムマシンを駆使したビートメイクを手掛けるように。1996年にストーンズ・スロウ・レコードを創設。現在のコレクションは約6万枚。オフィスの下の階で営むバー『Gold Line』にはその一部、約1万枚が並ぶ。