カルチャー

人生はユーモアに満ちている。

『レッド・ロケット』のショーン・ベイカー監督にインタビュー。

2023年4月20日

text: Keisuke Kagiwada

© 2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

『タンジェリン』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』で世界を圧倒したショーン・ベイカー監督の新作『レッド・ロケット』が公開される。主人公はLAでポルノ男優として活動しながら、とある事情で地元テキサス州ガルベストンに舞い戻ったマイキー。一見すると人好きのするマイキーだが、実は他人の話に耳を傾けず自分の意見ばかりまくし立てる超自己中。そんな彼が周囲を巻き込んで起こす騒動をコミカルに描いたのが本作だ。作品について、ベイカー監督に話を聞いた。

ーー本作のアイデアはどのように生まれたのでしょうか。

『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』を作る際、リサーチで出会ったポルノ業界の人から着想を得ました。ただ、その後は寝かせていて、この作品を作る前も僕はカナダで撮影する別の作品を準備していたんです。しかし、そんな中でコロナ禍に突入してしまい、国境が封鎖される恐れがあったので中断を余儀なくされました。それならということで、以前からあった本作のアイデアに取り組むことにしたんです。自分が見聞きした出来事を生かしたので、脚本はとてもスムーズに書きあがりましたね。台詞の中には、実際に会ったポルノ俳優が実際に言ったことから借用したものもあるくらいです。その後、2020年の5月くらいだったでしょうか、テキサスにシナハンやロケハンに行くことでディテールを固めていったという流れになります。

ここで重要なのは、本作のアイデアがBLMや#MeTooが起こる前だったということに他なりません。しかし、そうした社会的な変化が起こった後の今観ると、本作のキャラクターたちの振る舞いが別の意味を持って浮かび上がってくるというのは、とても興味深いことだと思います。

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ーーなるほど。『チワワは見ていた』から本作へと至る間、アメリカではトランプ政権が誕生しました。本作の中にもトランプの演説シーンが映りますが、そのせいか、愛国主義者と自称し、利己的に喋り続ける主人公マイキーが、トランプと重なって見えました。これも偶然なのでしょうか。

そうですね。キャラが立っていて、人心掌握術に長けていて、誤解を恐れずに言えばカリスマ性があるという意味で、マイキーとトランプが似ているという話はよくわかります。しかし、その類似は意識的なものではありません。というか、僕はトランプに限らずすべての政治家に対して、「どうなんだろう」という思いを常に抱いているので、あえて言えば、マイキーはすべての政治家を象徴していると表現した方が、感覚的には正しい気がします。

ーー本作には、そういうマイキーと正反対の”純粋でいいやつ”として、彼の家の隣に住むロニーという青年が登場します。ただ、彼も問題を抱えていて、なぜか元軍人だと偽り、軍服を着てショッピングモールで小さな星条旗を売ったりしている。日本で暮らしているのでよくわからないのですが、こういうことをする人は実際にいるんですか?

イエス。実際にロニーのようなことをする人はいます。”Stolen valor”と呼ばれているんですが、映画の中では見たことがなかったので、描写してみようと思いました。おそらくロニーは寂しく孤独な人で、こういう行為をすることを通してカタルシスを得ているんでしょう。そうやって表面的には見えてこない要素を持たせることで、キャラクターをより立体的にするのが僕は好きなんです。

そして、そんな彼にとって、地元から飛び出し、セレブになって帰ってきたマイキーはヒーローなんです。マイキーは、セックスライフをはじめとする、自分が経験したことがない大人の世界も知っていますからね。その意味で、ロニーは究極のファンボーイと言ってもいいかもしれません。まぁ、ロニーに対するマイキーの振る舞いを見れば、ファンになるべき相手じゃないんですが(笑)。

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ーー監督の作品ではしばしばセックスワーカーが主人公になります。しかも、多くの場合、貧困に苦しんでいる。マイキーは元ポルノ男優で、地元に戻ってからは貧しい暮らしをせざるを得ません。こうした物語にフォーカスし続ける理由を教えてください。

セックスワーカーというのは、誰もが知る通り世界最古の職業です。しかし、それが何かしらの形で表現される場合、いつも一方的で、批判や偏見に満ちている。僕はそうではない仕方で描きたいと常々思っています。実際の彼ら彼女らをもっと知ってほしい。僕のキャリアの全てはこのことに集約されているといってもいいくらいです。日本のマスコミのインタビューを受けているから言っているわけではありませんよ。

映画やテレビがセックスワークを取り上げる際に欠けているのは、キャラクターを研究し、共感することなんです。そして、僕はそこをしっかりやりたい。ただ、もしコンサルティングしてくれる人がいなければ、僕もそういうことはできなかったでしょう。どの作品でも、実際のセックス産業従事者をたくさん起用し、相談に乗ってもらっているんです。僕は彼ら彼女らを巻き込み、承認や同意を得たいんです。

ちなみに、しばらくしたらみなさんに観ていただけるだろう新作もこのテーマを扱っています。ただ、いくらか別のテイストを入れていて、そこが興味深いと思っているんですが。

© 2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.
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ーー逆に、セックスワーカーの描き方において、影響を受けた作品などはあるんでしょうか。

日本映画には、このテーマを真摯に取り上げた作品がたくさんありますよね。溝口健二監督の『赤線地帯』然り、今村昌平監督の『豚と戦艦』然り。しかし、そうした作品以上に本作に影響を与えているのは、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督の『アッカトーネ』に他なりません。主人公のアッカトーネは、ポン引きなんですが、非常にナルシスティックで、自分のことばかり考えているキャラクターです。彼はマイキーと非常によく似ていると思います。

ーーそうした社会的な問題を抱えているキャラクターが多く登場するにもかかわらず、本作はとても明るい作品に仕上がっています。それは舞台となるテキサス州ガルベストンを、荒廃したディストピアとしてではなく、華やかな場所として描いているからだと思いました。

僕はあらゆる物事に美を見出そうとしているんです。場所についても同じことが言えます。素晴らしい撮影監督のドリュー・ダニエルズ、そしてプロダクションデザイナーのステフォニック(彼女は偶然にも僕の妹なんですが!)は、僕と同じように、あらゆる物事に潜む視覚的な明るさを見出すことができます。そうした力によって、ガルベストンの中にも明るさを見出していきました。実際、製油所の錆びて曲がった金属にも、そのすぐ側の芝生の緑にも、美を見い出すことができました。

しかし、それ以上に重要なのは、ユーモアです。僕は物語がダークになり過ぎないように、いつもどこかにユーモアを入れるようにしています。人生はユーモアに満ちている。人生で最悪の場所にいるときでさえも、人はユーモアで乗り切ろうとします。逆に言えば、ユーモアのない映画は、申し訳ないですが、現実の生活に根ざしてないと思いますね。

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インフォメーション

レッド・ロケット

「ポルノ界のアカデミー賞を5回逃した」ポルノ俳優だったが、今は落ちぶれ無一文で故郷テキサスへ舞い戻ったマイキー。別居中の妻レクシーと義母リルに嫌がられながらも彼女たちの家に転がり込むことに成功したが、17年のブランクのおかげで仕事はない。昔のつて・・でマリファナを売りながら糊口を凌いでいたある日、ドーナツ店で働く少女と出会い再起を夢見るが…。2016年のアメリカ・テキサスを舞台に、社会の片隅で生きる人々の姿を鮮やかに描いた、ひとクセありのヒューマンドラマ。

プロフィール

ショーン・ベイカー

1971年、ニュージャージー州生まれ。ニューヨーク大学映画学科卒業後、2000年に『Four Letter Words(原題)』で長編映画監督デビュー。2015年、全編iPhoneで撮影した『タンジェリン』で注目を集め、数々の映画賞を受賞。2017年の『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』はカンヌ国際映画祭で初上映され、A24が全米配給権を獲得。ウィレム・デフォーがアカデミー賞®助演男優賞にノミネートされ、ニューヨーク映画批評家協会賞で最優秀監督賞を受賞するなど世界中で称賛を浴びた。