カルチャー

小説家の小川哲が、映像ならではの表現に感動したSF映画。

今日はこんな映画を観ようかな。Vol.2

2023年4月27日

illustration: Dean Aizawa
text: Keisuke Kagiwada

『メッセージ』で主人公ルイーズが宇宙人と対峙するシーン。

毎回、1人のゲストがオリジナリティ溢れる視点を通して、好きな映画について語り明かす連載企画「今日はこんな映画を観ようかな。」。今回のゲストは、『地図と拳』で第168回直木三十五賞を受賞した小説家の小川哲さん。SF小説も多数執筆している小川さんが、映像ならではの表現に感動したSF映画について語ってくれた。


語ってくれた人
小川哲

小川哲
おがわ・さとし|1986年、千葉県生まれ。2015年、『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、作家デビュー。2022年、『地図と拳』で第168回直木三十五賞を受賞。その他の作品に、『ゲームの王国』『嘘と正典』『君のクイズ』など。

 小説家なので、SF映画を観るときは、映像ならではの表現に触れたときに感動を覚えることが多いですね。わかりやすい例が、『テネット』。これはもう絶対に小説じゃ表現できません。時間の逆行を逆再生映像で描くスパイアクションですが、小説だったら「今、逆行している」と書くしかないわけですよ。でもそれじゃあ、全然面白くない(笑)。

 話自体はすごく難解で、1度見ただけじゃよくわからないんだけど、観客を置いてけぼりにしても映画のテンポを落とさず、ガンガン進めていくところも強いですよね。というか、監督のクリストファー・ノーランはストーリーにあんまり興味がないのかもしれません。まず、飛行機の爆破や高速道路でのカーチェイスを逆再生したいんだって欲望があって、ストーリーは後から持ってくるみたいな印象もあるので。でも、映像的にはすごくインパクトがある。だから、映像を使って遊んでいるような印象もあるんですが、ノーランはそれを徹底的にやりきる。『テネット』だけじゃなく『インセプション』『インターステラー』なんかもそうなんですが、ただ面白い映像にしただけで終わりにせず、1つのリアルな世界として成立させてしまう。そんなところが好きで、ノーランは新作が発表されるたびに観に行っていますね。

 『メッセージ』は原作ものですが、映画ならではの翻訳の仕方に感心した作品です。原作であるテッド・チャンの「あなたの人生の物語」は、映像化するのが非常に困難なんですよ。言語学者の女性が地球にやってきた宇宙人の使う文字を解読するパートと、彼女と娘の関係を描くパートを、時系列をシャッフルさせながら綴る物語で、普通に映像化したら地味になるので。でも、監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは、原作では詳しく造形が描写されてなかった宇宙人や巨大な飛行船、宇宙人たちの未知の文字をビジュアル化することで、SF的にハードな部分を残しつつ、テッド・チャンを知らない人でも楽しめる美しい映像の作品に仕上げている。原作ファンとしては、「自分が監督だったらここはこうするのにな」ってなるとガッカリしてしまうんですが、『メッセージ』に関しては、むしろ「こんなやり方があるのか」と感動しましたね。

 一方、同じく原作ものの『オデッセイ』は、忠実に映画化しているのに驚きました。原作『火星の人』を読んだときに想像していた絵が、そのまま再現されているというか。そういう映画は逆になかなかないので興味深かったです。主人公をマッド・デイモンが演じると聞いたときは、もう少しオタクっぽいイメージだったので心配しましたが、さすが一流の俳優なのでしっかりハマっていましたね。

 だから、映像ならではという意味ではこれまで語ってきた2作よりは弱いんですが、そのまま再現したからこそ原作のコアがより見えてくる部分もあって。火星に取り残された主人公が、ジャガイモを育てたり、ひたすらサバイブするという話なんですが、映像化するとそのサバイブ感がより際立つ。まぁ、それが裏目に出た部分もなくはないんですが。例えば、冒頭で主人公は火星で起きた砂嵐に吹っ飛ばされて孤立するんですが、火星って大気がないんで砂嵐が起きても吹っ飛んだりしないんですよ(笑)。もちろん、それも原作通りなんですが、それを読んでいるときは気にならなかったのに、映像として見せつけられるとさすがに「嘘だろ」と。まぁ、それも含めて映像の力が感じられた作品と言えるかもしれませんが。

 SFの面白さって、論理や科学で物語が進んでいくところだと思うんですよ。『メッセージ』なら宇宙人の文字を言語学を通して1から仮説を立てて解読していくところだったり、『オデッセイ』なら主人公が火星で生き残るために必要なものを理屈で考えていくところだったり。『テネット』の場合、ロジックがあるのかよくわかりませんけど(笑)、でもノーランは基本的に科学的な知見を重視している。だから、共感しやすい登場人物はあんまり出てこないんですけど、逆に人間の感情が重視されすぎると、「SFっぽくないな」と自分は思ってしまう。そういう点でも、今回挙げた3作はSFっぽいSF映画だなと思います。

Select 1

『メッセージ』(2016年、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)

世界各地に謎の宇宙船に乗った地球外生命体ヘプタポッドが出現。言語学者のルイーズと物理学者のイアンは、ヘプタポッドの文字を解読するが……。デジタル配信中。BD¥2,619、DVD¥1,572(ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント)

Select 2

『TENET テネット』(2020年、クリストファー・ノーラン監督)

CIA特殊工作員の男が、時間を逆行できる装置を用いながら、未来人と共謀して世界滅亡を企むロシア人武器商人に挑むスパイアクション。デジタル配信中。BD¥2,619、DVD¥2,075(ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)

Tenet © 2020 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

Select 3

『オデッセイ』(2015年、リドリー・スコット監督)

火星探査中に砂嵐に巻き込まれ、チームから1人置き去りにされた宇宙飛行士マーク・ワトニーの孤独なサバイブを描く。ディズニープラスのスターで配信中。

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