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こんな仕事があったのか!/Sony編 Vol.4

No.04: CMFアートディレクター リッケ・ゲルツェン・コンスタインさん

2023年1月30日

illustration & cover design: Masaki Takahashi
photo: Boris Kralj
text: Neo Iida
edit: Kyosuke Nitta

謎多き、ソニーのクリエイティブセンター。1961年に設立されたこのデザイン室では、製品のみならず、エンタテインメント、金融、アートなどの分野まで視野を広げ、ソニーのデザインの可能性を伸ばし続けている。

「こんな仕事があったのか!/Sony編」は、POPEYEの捜査官がクリエイティブセンターに潜入し、最前線で働くデザイナーからあれこれ話を聞くスペシャル企画。第4回に登場するのは、スウェーデンのオフィスで働くCMFアートディレクターのリッケ・ゲルツェン・コンスタインさん。斬新なデザインで話題になった携帯電話Xperia™ Purenessや、次世代EV試作車VISION-S 02などを手掛け、クリエイティブセンターがデザインを考えるうえで大切なトレンドリサーチを主導する第一人者だ。まずは聞き慣れない“CMF”から調べていこう。オンラインでリッケさんに聞き込みだ!

「CMFというのは、COLOR(色)、MATERIAL(素材)、FINISH(加工方法)の頭文字を取った言葉です。私はCMFデザイナーとして、プロダクトを作るときの表面の色をどうするか、素材はどんなものがいいか、その質感はどう仕上げるべきかなど、様々なプロダクトのCMFデザインを手掛けてきました。現在はCMFアートディレクターとして、多岐に渡るプロジェクトに携わっています」

そんな細かいところにも専属のデザイナーがいるなんて! 確かにシルバーといっても光沢ありなのかマットなのか、グレーに近いのか白っぽいのかで、だいぶ印象が変わるもんなぁ。リッケさんはどういう経歴でCMFデザインを扱うようになったんだろう。

「私は大学でコミュニケーションデザインとグラフィックデザインを専攻して、ロンドンのグラフィックデザインエージェンシーでインターンシップを行いました。本当は、日本で働きたかったんです。日本のデザインやファッションの伝統、文化に興味を持っていたし、シンプルさと機能性を重視するスカンジナビアのデザインとも多くの共通点があると感じていたから。日本のデザイナーがファッション業界におよぼした影響は大きく、コム・デ・ギャルソンや草間彌生さんにも興味がありました。ポエティックでクリエイティブな日本のバイブスに注目していたんです。でも言語が心配だったのと、学費も物価も高いと聞いてニューヨークに行くことに」

デザインエージェンシーで働きながらファッションのクライアントの仕事を受けるようになり、これなら一人でもやっていけるなと思い、独立。一時期はフリーランスとして赤十字の仕事も受けていたそうで、ファッションと人を助ける仕事は全く別の分野だったけれど、「180度違うジャンルを振り切るのはいい経験だった」とリッケさんは笑う。その後、2002年にソニー・エリクソンに入社。フリーの仕事は順調そうなのに、どうして就職を?

「友達がこういうジョブインタビューがあるよと教えてくれて、試しに受けてみたんです。そうしたら面接がすっごく面白くて。じゃあ2年間だけ、と思って働き始めたけど、ほら、今もこんなふうに働いています(笑)」

グラフィックデザインを学ぶ過程で、CMFの概念も理解できるところが大きかった。それに、ソニーといえばあのウォークマン®だ。リッケさんが初めて衝撃を受けたのが、黄色いカラーのウォークマン。「こんなものがあったらいいな」と思っていた、ズバリそのままのプロダクトだったので、印象に残っていたのだという。

「入社したら、上司がそのウォークマンを開発した人だったんです(笑)。びっくりしました」

ソニー・エリクソンに入社して手掛けたのがXperia Purenessだ。2009年に発表されたフィーチャーフォン(スマートフォンの一世代前の携帯端末のこと。日本ではガラケーとも言う)で、残念ながら日本未発売。しかし驚きの端末が世界を震撼させているという話題は、海を超えて日本にも届いた。なんといっても電源をつけるとボディ上部のアクリル板が透明になるのだ。テキストは全て透明なガラス状のディスプレイに表示される。まるで文字が閉じ込められているみたいだ。

「他のプロダクトを作るときのプロセスと全然違って、すごくユニークな体験でした。通常は『こういうことやってください』と仕事をアサインされることが多いけれど、Xperia Purenessでは『デザイナーのインスピレーションで、コンセプトや商品まつわるストーリーを考えてほしい』という依頼だったんです。そこで私が練り上げたのが、スーパーピュアでスーパーシンプル。話すこと、メッセージを送ること、時間を確認できること、その点にフォーカスして、デザインしました。それで、一枚の無垢なガラスで携帯電話を作ろう、というところに行き着いたんです。このコンセプトを商品で表現できるよう、東京にいるエンジニアと協力し、形にすることができました」

リッケさんはマーケティング面でも商品コンセプトを反映したいと思い、通常とは異なる取り組みを考えた。デザインやアートが好きな、感度の高い人たちに商品をアピールすべく、クリエイティブをファッション広告に定評のあるパリのデザイン会社に依頼。伝説のセレクトショップ、COLETTEでもイベントを開いた。

「道で使うとすごく人目を引いたらしいんです。私としてはピュアやシンプルを突き詰めて透明なデザインにしたのであって、わざと目立たせようと思ったわけではなかったんですが、すれ違った人から『それは何?』って聞かれた人も多かったらしくて(笑)。そのSFっぽい感じも、人の心を捉えていたんでしょうね」

同じプロダクトでも、モバイルフォンの何倍ものサイズを手掛けたプロジェクトが、ソニーの電気自動車「VISION-S」だ。2020年に第一弾が登場し、2021年に後継機として発表された「VISION-S 02」の外装のCMFを担当したという。リッケさん曰く「自分のルーツに戻ったような感じがあった」というけれど、それは一体どういうこと?

「近年ではアートディレクターとして全体をまとめる仕事が増えていましが、『VISION-S 02』のプロジェクトでは、色調整を細やかに行うなど、まさにCMFデザインを行う必要があったので、ただただサンプルと向き合って改善していく作業ができたんです。モバイルフォンと違って、天候や安定性のテストが必要になるのも面白かった」

INTO SIGHT公式サイト

内装は同僚のリンダ・リソラさんが担当し、リッケさんは外装を担当。車に、どうにかしてナチュラルなフィーリングを加えたくて、カラーは柔らかさが感じられるよう、わずかに緑をおびたシルバーにしたという。材質もサステナビリティに配慮し、なるべく素朴な素材を追求。ソニーらしさも感じられる、優しい肌触りの電気自動車が誕生した。

さらにリッケさんの仕事はプロダクトに限らない。ソニーがロンドンデザインフェスティバル 2022に出展した「INTO SIGHT」のようなインスタレーションにもCMFのスキルが活きている。

「コンセプトを作るところから、クリエイティブ・ディレクターの田幸さんやプロジェクトメンバーと一緒に進めていきました。『INTO SIGHT』は実際にトンネルのなかに入れるインスタレーションで、奥のディスプレイに映像が映し出されている。壁面には光沢のある3M™ダイクロイックフィルムを貼ったので、映像が反射したときにどういう色になるかも考えなければいけない。そのカラートーンのバリエーションを細かく作りました。展示と同じように映像を投影してフィルムの反射を確認できるモックアップを作り、全ての色の調整を行いました。大変でしたけど、すごく楽しかったです。同僚のデザイナーから『この色とこの色を組み合わせはやめたほうがいいんじゃない?』とフィードバックが来ることもあって、なるほどと。基本的にはポジティブな印象になるよう調整をしました」

2021年にはノルウェーのファッションブランド〈HOLZWEILER〉のキャンペーンビジュアルを手掛けた。コロナ禍でリアルな仕掛けが難しく、デジタルでのキャンペーンを行いたいと考えていたプレス担当の友人が、リッケさんに相談を持ちかけたのが事の始まりだった。

「私もいくつかエージェンシーを紹介したんですが、改めて考えてみたら、デジタルだったら我々でも力になれるなと思ったんです。それで2021年の秋冬のルックブックと2022年の春夏のキャンペーンを一緒に作りました。フィロソフィーが“be natural”で、『自然に還る』『自然を大切にする』というブランドだったので、それを受けて“coded ambience”というコンセプトを立てました。自然と人間がテクノロジーと融合し、知性と共生しながら、新しいリアリティを創造する。不可能と思われることを可能にし、現実に疑問を投げかけるようなものに。そんなふうに新しい風景を横断するような、五感を刺激するシーンを作りたかったのです。そこで、オスロにあるシステフォス・ミュージアムの建築The Twistにインスパイアされ、写真やモデルのムービーを追加したデジタルデータを作成しました。我々にとっては初めてのアパレルブランドで前例がなかったので、学びがすごく大きかったです」

ヨーロッパではデジタルとファッションを融合したイメージが少ないこと、またソニーが広告を手掛けたという話題性も相まって、すごく新鮮に受け止められたという。

さらにリッケさんには、CMFアートディレクターとして働きながら「トレンドリサーチ」という業務も担っているという。トレンドリサーチって?

「これは私の仕事のなかでも大きなパートを占めています。今のトレンドを知るだけでなく、一歩先を見極めるのが肝なんです。まずはプロジェクトメンバーとアイデアを共有し、仮説のテーマをたてる。いわゆるデスクトップリサーチを行って、写真などを参考にしながら意見を交換します。次に、これはコロナ禍以降できなくなっていますが、現地まで出向いて分野を問わず面白いクリエイターにインタビューをしたり、街歩きを通してリサーチをしたりして、その結果を分析。テーマが本当に正しいのか、今の時代を反映しているのかを考える。さらにデザイン以外の有識者に意見をいただくプロセスも設けて、最終的にまとめていくんです」

我々が手に取るプロダクトの色、素材、加工方法が決まるまでに、そんな地道な行程が積み重ねられていたなんて。そして、そうした環境が整っているのも、クリエイティブセンターの胆力の強さだと思う。リッケさんは現在の職場で働く強みをこう考えている。

「いちばんは振り幅の大きさだと思っています。デザイナーが時にはいつもと違う仕事を担当できるから、いろんな可能性がある。才能のあるデザイナーがたくさんいるから想像力のレベルが上がって、それが会社全体のクリエイティブにも繋がっている。あと、決断とか方向転換がものすごく早い。デジタルにいくのかソーシャルにいくのか見極めも早いし、時代が求めている方向に素早くシフトチェンジできるのは強いと思います」

そんなリッケさんの暮らしぶりは、ソニーでの日々とはうって変わって非常にナチュラルだ。普段はコペンハーゲンに住み、オフィスのあるスウェーデンのルンドまで車で通勤しているけれど、結婚したパートナーがドイツ人で、ベルリンにも拠点を構えている。そこからさらに車で1時間ほどの森のなかに、1軒の小屋を持っているのだ。

「コロナ禍の2021年は1年間ずっとベルリンにいたので、毎週末、小屋に行ってました。今は少しペースが落ちましたけど、時間があれば足を運んでいます。Wi-Fiも電話もなくて、あるのは自然だけ。日本でいうと山奥の温泉宿みたいな感じでしょうか。小さい頃はガーデニングが苦手だったけど、やってみたらすごく面白かったし、毎回新しい発見や学びがあると同時に心が落ち着きます。家具も自分たちでデザインし、DIYをしています。床も貼ったのですが、木材の知識がなかったので湿気で膨張してしまい、荷物を外に出して貼りなおしたこともあります(笑)」

庭においてある椅子に座れば、自然を感じられる。近くの湖で見つけた木や葉っぱなどをちょっとしたオブジェとして飾るのも楽しい。コンクリ素材で作った作品は、普段自分が手掛けている工業製品とは真逆で、ゴツゴツとしたランダムな佇まいが気に入っている。インターネットからも遮断された時間が、リッケさんの仕事にも多大な影響を与えているという。

「ソニーではクオリティを重視しているけれど、家に関しては完璧主義にならずに、のんびり学んでスキルを上げて、自分がクリエイティブになれるようフォーカスしています。森に行くようになってからリラックスできて、プロジェクトにナチュラル系のカラーが反映されるようにもなりました。徐々に都会への興味も出てきているし、この先も自然回帰が続くかというとわからないけれど、ライフステージによって変化は起こるもの。今の私には、森の家がすごく大事な存在です」

プロフィール

リッケ・ゲルツェン・コンスタイン

2002年、ソニー・エリクソンに入社。現在はCMFアートディレクターとして、デザインセンター・ヨーロッパのスタジオ・ノルディック・デザインセンターでCMFフレームワークの戦略立案及び実装、素材開発を担当している。