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こんな仕事があったのか!/Sony編 Vol.3

No.03: UIデザイナー 須木康之さん

2022年12月23日

illustration & cover design: Masaki Takahashi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Neo Iida
edit: Kyosuke Nitta

多くの謎に包まれているソニーのクリエイティブセンター。1961年に設立されたこのデザイン室では、製品だけでなく、エンタテインメントや金融、さらには宇宙関連事業(!?)まで幅広く手掛け、デザインの新たな可能性を追求しているという。

「こんな仕事があったのか!/Sony編」は、POPEYEの捜査官がクリエイティブセンターに潜入し、最前線で働くデザイナーからあれこれ話を聞くスペシャル企画。第3回に登場するのは、UIデザイナーの須木康之さん。なんでも宇宙から地球の衛星写真が撮れるSTAR SPHEREのUIデザインを手掛けたらしい。ソニーが宇宙事業をしているのも驚きだけど、須木さんはこのプロジェクトのなかでどんなデザインを作ったんだろう? 宇宙からPlayStation、趣味のプログラミングへと繋がり、最後には育児にまで話が及んだ。

衛星から、ソニーのカメラで地球を撮る。

都内某所にある、ソニーのオフィスに潜入成功。このフロアのどこかにSTAR SPHEREにまつわる秘密の部屋があると聞いたのだが……。ムム! 片隅に謎の暗がりが! 背後からヒタ、ヒタ、ヒタと足音がして、振り返ると優しそうに笑う男性が立っていた。彼こそ今日の調査対象、UIデザイナーの須木さんだ。

「ここはSTAR SPHEREがどんなサービスか体験できるデモブースです。目の前にある操作パネルを使うと、ディスプレイに衛星から見た地球が表示されます。あくまでデモですが、場所を決め、写真を撮影するまでの流れを疑似体験できます」

言われるがままにパネルをタッチすると、アフリカなどの地域がリストアップされた。好きな場所を選ぶと、ディスプレイに表示された地球の上を衛星が動き、特定の場所にズームしていく。やがてクリアな衛星写真が目の前に。凄い!

「STAR SPHEREは、ソニーグループが東京大学とJAXAとともに行っている共同プロジェクトです。ソニー製のカメラを搭載した超小型人工衛星を打ち上げ、専用の撮影サービスを通じて、好きな画角で宇宙から見た地球や星々を撮影できる。専門的な知識がなくても、誰でも衛星を操作して写真や動画が撮れてしまう画期的なサービスです。固定された画角ではなく、どう撮るかはユーザーが自由に決められます。つまりソニー製のカメラを持ったカメラマンを宇宙に飛ばして、写真を撮ってもらうようなものですね。僕はそのサービスのUIデザインを担当しています」

つまり、常に地球の周りをクルクル飛んでいる衛星に「ギザのピラミッドの辺り」とか「バイカル湖周辺」といった地点の指示を出せば、その地点を衛星が通過するタイミングで自分だけの衛星写真が撮れてしまうというわけか。そのSTAR SPHEREの操作画面をデザインしたのが、目の前にいる須木さんだ。サービスは絶賛開発中で実際の画面は見られないけれど、このデモブースも世界観を伝えるうえで大事な役割を果たしているらしい。そもそも、UIデザイナーって具体的にどういう仕事?

「まず、サービスのなかでユーザーが実際に触れる部分の設計をUIデザインといいます。なのでUIデザイナーはユーザーの立場に立って、ボタンをどう配置したらわかりやすいか、ページがどう遷移すると使いやすいか、といったことを検討するのが仕事です。そのUIデザインのなかに『FUI(フィクションユーザーインターフェース)』というジャンルがあって、フィクション、つまり映画やドラマ、アニメなどの架空の作品に登場する近未来的なデザインをそう呼ぶんです。よくSF映画にかっこいい装置が出てきますよね。そういった雰囲気をデモ体験のデザインに取り入れました。STAR SPHEREは今までになかった、宇宙の視点から写真や映像が撮れる新しい体験をもたらすものなので、そのワクワク感を表したかったんです。そのために超横長のタッチディスプレイもイメージに合うものを頑張って調達しましたし、操作するジョイコンも自分で設計・開発しています」

確かに、こうやって大きな操作パネルを前にしていると、何かの司令官になったような気分で気持ちがいい。実際はパソコンなどでサービスを利用することになるけれど、このカッコいいデモブースは、STAR SPHEREがどんなものなのかを知るにはうってつけだ。なるほど、ユーザーが感じるフィジカルな体験までを考えるのがUIデザイナーの仕事なんだ。

好きだったプログラミングが、仕事に生きる。

そもそも、須木さんがソニーに入ったきっかけは?

「中学生くらいからソニーの新製品を家電量販店に見にいったりしていて、いつかソニーのデザイナーになりたいなと思うようになったんです。自分で初めて買ったソニー製品はウォークマンですね。ギリギリまだカセットだった頃で、中学になるとMDが主流になって。なかでもQUALIA(クオリア)というシリーズが好きでした。ソニーの技術を詰め込んだラインで、台数限定でナンバリング付き。値段は高いし当然手に入るものじゃないんですけど、とにかくカッコよくて憧れました」

いつか自分もこんな製品をデザインするぞ、と夢を抱いた須木少年。やがて工学部デザイン工学科意匠系を大学では専攻する。こちらでは、インダストリアルデザイン、コミュニケーションデザインや環境デザイン、サービスデザインまで様々なデザインを学べるという。ソニー製品に憧れてデザイナーを志したわけだから、当然インダストリアルデザインを学ぶかと思いきや、須木さんは思いがけず方向転換をすることに。

「ちょうどスマートフォンが登場した時期だったんです。モノのデザインからコトのデザイン、ハードとソフトを融合した体験的なデザインが重要になってきていると思うようになりました。それでUIデザインやインタラクションデザインへと興味がシフトしていきます」

世界的に見てもプロダクトはどんどんシンプルかつコンパクトになり、多くの家電や携帯電話などの機械にコンピュータが搭載され始めた。ボディに付いたボタンをパチパチせずとも、モニタ上に表示された設定を細やかに変更できるようになっていく。須木さんはそうした時代の変化を感じ取り、大学を修了したのち、他大学のメディア表現研究科へ進学。実際にプロトタイプを作り、アイデアを実際に体験しながら改善していく考え方、デザインの進め方を習得したという。

「僕はデザイナーではあるんですが、グラフィック的にかっこいいもの、形的にかっこいいものだけじゃなくて、ハード・ソフト問わず実際に動くものを自分で作るのが好きなんです。そのためのプログラミングとか電子工作も得意で、学生時代に作ったのがこの『エスパードミノ』です。中にセンサーが入っていて、予め数字を割り振っておくと、数字の小さいほうから順にひとつずつパタン、パタンと自動で倒れていきます」

須木さんが学生時代に作った『エスパードミノ』

遊んでみたら、めちゃくちゃ楽しい! こういったものが作れるということは、頭のなかで「どういう技術を組み合わせたら思い通りの動きになるか」がわかっているということ。デザインの考え方が立体的になりそうだ。ソニーの面接でもこの「エスパードミノ」を披露して、場を和ませたらしい。入社してからは様々なジャンルの製品のUIデザインを手掛け、4年後にSIE(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)に異動。アメリカに赴任となり、モバイルアプリのデザインをしたあとで、2016年頃から当時開発中だったPlayStation 5のUIデザインに関わることに。

「PlayStationのUIでは、ユーザーはコントローラを動かしてメニューやゲームを選択していくわけですが、このときのアニメーションやトランジションをデザインしました。ここでもプログラミングスキルを活用し、実際の動作が体験できるプロトタイプをとにかくたくさん作って、メンバー皆でその操作感を共有しながら議論を重ね、ブラッシュアップしていきました」

PlayStation 5のホーム画面UI
作成したプロトタイプの一例

STAR SPHEREの立ち上げと、7ヶ月の育児休暇。

2019年にクリエイティブセンターに帰任すると、部署に「宇宙に関わる事業の話が来ているから、やりたい人がいたらぜひ」という話が。須木さんは迷わず手を挙げた。なぜなら、小さい頃に「宇宙飛行士になりたい」という夢を持っていたからだ。

「小学校3年生の頃、地元のイベントに毛利衛さんがいらして、見に行ったんです。かっこいいな、宇宙に行きたいなって。文集の扉絵にもスペースシャトルを描いてました(笑)。子供の頃の夢ですけど、今こうして目の前に宇宙の仕事がやって来た。ぜひ自分でやりたいと思ったんです」

昨年からプロジェクトに参加し、サービス開始に向けてデザインを始めた須木さん。このタイミングでもうひとつ、大きな転機が訪れる。お子さんの誕生だ。須木さんは奥さんの出産に合わせて、7ヶ月の育休を取ったという。

「ソニーでは男性の育休を推進しています。もちろん、部署によっては仕事の調整など難しいところもあるとは思いますが、僕の場合は上司も子育て経験者で理解があり、『1年でもいいから取ったら?』と言ってくれたくらい。すごくありがたかったです」

でも、STAR SPHEREは動き出したばかりのはず。須木さんも待望の仕事だったのでは?

「気がかりではありました。僕がプロジェクトに参加した1〜2ヶ月後には育休が始まるようなスケジュールでしたから。僕も仕事が好きで、自分の手で色々やりたい、という思いも強かったですし。でもクリエイティブセンターにいるデザイナーは、自分のデザインをもっている素晴らしい人たちばかりなので、自分が抜けたとしても大丈夫という気持ちがありました。違う人のデザインが加わって新しい風が入るのはいいことだと思うし、多少心残りはありましたけど、部署のみんなに安心して任せることができた」

開発は着々と進み、須木さんも育休明けと同時にガッチリと帰還。リリースに向け、宇宙のワクワク感を届けるUIデザインに真っ向から取り組んでいる。最後に、須木さんが思うクリエイティブセンターの魅力とは?

「それぞれのデザイナーとして全く違う個性がありながら、チームワークという点では一体になれる。そういう強みがあるので育休にも理解があります。僕自身、それまで仕事仕事仕事、という感じで働いてきたので、育児に専念できた事は本当に良かったと思うんです。宇宙に関わる仕事という大きなチャンスも、家族との時間も、どちらも尊重してくれる。素晴らしい環境だなと思っています」

プロフィール

須木康之

すき・やすゆき|1987年、長野県生まれ。工学部デザイン工学科意匠系卒業後、メディア表現研究科修了。2011年にソニー入社。2015年にSIEに異動しアメリカに赴任、PlayStation 5のUIデザインを担当。2019年にクリエイティブセンターに帰任。STAR SPHEREプロジェクトに参加。2021年3月より7ヶ月の育児休暇を取得。

STAR SPHERE Twitter
https://twitter.com/STARSPHERE_Sony