フード

冬の京都で、あんかけを。

2022年12月7日

お久しぶりです、京都。


photo: Makoto Ito
text: Hiroko Yabuki
2022年12月 908号初出

 あんかけと聞いて僕らがまず連想するのは、焼きそばや八宝菜といった中華料理だろう。だがしかし。京都には、京都ならではのあんかけ料理が存在するのだ。しかも、一つや二つではない。

 例えばうどんの「けいらん」(鶏卵)。読んで字のごとく卵が入ったあんのことで、街の蕎麦屋や定食屋には必ずある超定番なのだが、熱を逃さないあんと、すりおろした生姜のダブルの効果たるや。体がポカポカ、冬でも汗が噴き出してくる。「あんかけはこっちでは昔からの食べ物。京都の冬は底冷えするから、なんでもあんにするんとちゃうかな。子供の頃は『風邪ひいたらけいらん食べとき!』って言われてましたわ」とは祇園の蕎麦店『権兵衛』の店主。なるほど含蓄がある。

祇園/権兵衛

けいらんは京都人の日常食。
風邪なんか吹き飛んじゃうよ。

 木屋町で昭和2年に創業し、戦後に祇園へ。敷地内には深さ80mの井戸があって、昆布と厚削りの鰹節、さば、うるめをあわせた出汁にもその水(200年くらい前の水らしい!)を使っている。ここのけいらんは、あん状にした薄味の出汁を鍋でグツグツさせたら、溶き卵をお玉で投入。粗くすった生姜をたっぷりのせたら完成だ。数年ぶりに対面する京都のけいらんは、気のせいか神々しさすら感じられ、どこか構えてしまったが、「まあ、いうたらかき玉ですわ。伝票には『かき玉』って書きますから」と4代目の味舌輝明さん。そう言われると一気に親近感が増すよね。

インフォメーション

権兵衛

◯東山区祇園町北側254 ☎️075·561·3350 11:00〜LO19:30 木休(祝日の場合は翌金休)
お腹に余裕があったら一日30杯は出るという親子丼(¥1,700)も。

 三条京阪の『篠田屋』の名物は、カレーうどんの汁と具をご飯とカツに豪快にかけた「皿盛」。一瞬「ってことはサラサラのスープ状?」と頭をよぎったが、古の都ではカレーうどんもあんかけがデフォルトのようで。うどんつながりで、京都では「きつね」は短尺型の油揚げと刻んだ九条葱ののったうどん、っていうのは京都あるあるとして知られてはいるけれど、そのあんかけver.が「たぬき」になる。

三条京阪/篠田屋

唯一無二のあんかけカレー。
舌をヤケドしても、勲章だ。

 かつて最寄りの三条駅が京阪本線の終点だった頃、忙しい鉄道会社の職員たちのリクエストで出したのが、33年たった今でも「支持率9割5分!」の看板メニュー・皿盛。白飯に薄めのトンカツをのせ、カレーうどんと同じあんをぶっかけ。丼ではなく皿に盛っているから皿盛というわけ。「少しでも早く冷めて、食べやすい温度になるように」と始めたのだそうだが、その意図とは裏腹に、目の前の皿盛からは湯気が止まらないのはご愛嬌。明治37年創業。建物は昭和5年の建て替えで、昔はお土産も売ってたんだって。気さくなご家族の話をいつまでも聞いていたくなるお店。

インフォメーション

篠田屋

◯東山区三条通大橋東入ル大橋町111 ☎︎075·752·0296 11:30〜LO15:00 土休
皿盛は七味をかけてもウマい。昔ながらの中華そば(¥600)とコンボでいくのが通の食べ方。

 八条口の大衆食堂『殿田食堂』では、このたぬきが一日70杯も出るんだとか。

八条口/殿田食堂

トロ〜リあんにネギがシャキッ。
京都のたぬきうどんは奥深い。

 京都駅から南へ徒歩5分の大衆食堂『殿田』の名物はたぬきうどん(しつこいようだが刻み揚げのあんかけうどん)。伺うと、「ポパイさん? なんや、やっと来てくれたんか〜」と温かく出迎えてくれた。「うちのたぬきのあんは軟らかすぎず、固すぎずでツルッといけるって言ってもらわはります。ネギは九条葱、生姜も朝からいっぱい剥いてるの」と女将さん。常連客は他人丼(当然フルサイズ)と一緒に注文するとも。もしや京都人にとってあんかけってアテの一種なのか? 出汁は専門店『福島鰹』の鰹節をたっぷりと。出汁パックは店の陰の看板商品なんだって。

インフォメーション

殿田食堂

◯南区東九条上殿田町15 ☎︎075·681·1032 10:30〜17:30 水休
創業は昭和39年。店は妹夫婦と共に経営している。『福島鰹』の出汁パック(¥1,080)はお土産に。

 中華のあんかけだって一筋縄ではいかない。学生街・元田中の『華祥』には、卵白を低温でじっくり揚げたあんがトレードマークの「卵白あんかけチャーハン」なるものが。さながら純白のベールを纏った花嫁?(と思ったらネットに同じことを書いてる人が結構いて苦笑)

元田中/中国料理 華祥

卵白すらあんにするなんて!
この発想、京都だねえ。

 町中華にも発見しちゃったよ、個性的なヤツ。「日本人が大好きなチャーハンと卵を使って新しい一品を作ろう」と、有名中華料理店で修業した初代店主が考案した「卵白あんかけチャーハン」は、卵4個分の白身を低温で揚げ、ザルで油をきってから再び炒める2段階製法。絶妙なフワトロ具合は片栗粉に合わせた無糖練乳のなせるワザ。まさに考え抜かれたレシピ。材料を並べて丁寧に説明してくれる息子の田口貴典さんも誇らしげだった。常連客の中にはあんを残し、他のおかずと一緒に食する人も。確かにエビチリなんか合いそう。滞在中にまた来るから、次回はそれで!

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中国料理 華祥

◯左京区田中里ノ内町41-1 ☎︎075·723·5185 11:00〜LO13:50・17:30〜LO21:00 水休
チャーハンには鶏ガラスープが付く。あんかけ焼きそば(¥900)もウマし。

 見た目も味わいもそれぞれ違うけど、共通しているのは、どれも出汁がしっかり効いていて、麺なりご飯なりが進むってこと。たぶん、京都のあんかけって、つまりは出汁カルチャーのいちスタイルでもあるんだろうな。まるでこの街と、そこに暮らす人たちの歴史を食するようで、ちょっとだけ身が引き締まる思いすらする。額にじんわりにじむ汗をおしぼりで拭いながら、そんなことを考えていた。