フード
今夜は少し背伸びして。安参で牛肉か、喜幸で川魚か。
2022年11月18日
そう、京都に来たら牛肉なのだ。
ここに座れば、その理由がわかる。
さて、今度の旅の晩ご飯はどうしよう。1泊ならば一度きり。わいわいハシゴもいいけれど、たまには襟を正して京都の食文化とじっくり向き合ってみるのはどうだろう。祇園にある『安参』は、京都発祥といわれる肉割烹の草分け的存在。意外と知られていないけど、京都は牛肉文化の街なのだ。目印は「テールのにこみや」と書かれた赤提灯。暖簾をくぐると、威勢のいい挨拶に背筋が伸びる。朱色のカウンターの内側で板前さんがキビキビと動き回り、中央では若い大将が肉に包丁を入れている。その一挙手一投足に見惚れてしまう。
そもそも肉割烹とは、懐石のような仕立てで牛肉を提供するお店。席に着くとまずはお刺し身。でも、その呼び方が変わってる。タンはツンゲ、ハツはヘルツで、ミノはマーゲン? 聞けばこれはドイツ語で、医学関係の常連さんが多かったことから始まった習慣。なんだか洒落ている。刺し身の次は焼き物、そして最後は名物の煮込み。肉の旨味を味わうために、味の淡泊なものから濃いものと順番が決まっている。それにしても、こんなに美味しいお肉を食べたのは初めてだ。厨房もカウンターも曇り一つなく綺麗に磨かれ、凛とした接客に丁寧な仕事。格好いいなあ。
祇園
安参
昭和23年に寺町六角で創業。店名は初代の名前のヤスオさんから。門仲生まれの江戸っ子で、ひょうたん酒が大好きだった。カウンターを飾る大小のひょうたんはその名残だ。現在、板場を守るのは曽孫にあたる大将の榊原善史さん。妹の知世さんと右腕の石鍵さんが脇を固め、焼き場には母の裕子さん。隣で大女将の延江さんが常連さんの相手をするのが基本のフォーメーション。まず刺し身が4品、次に焼き物を選び、最後に煮込みという流れも創業時から変わらない。刺し身にはネギを添え、カラシで食べるのが安参流だ。2階の座敷は予約もできるが、開店前から並んでも文化財級の接客をカウンターで体験したい。
◯東山区祇園町北側347 ☎︎075・541・9666 18:00〜22:30 日・祝休
※予約は2階の座敷のみ、3人から可能
見よ! お皿の上を川魚が泳ぐ。
伝統の鴨川漁を今に伝える唯一の店。
一方で、京都の魚料理といったら川魚だ。海が遠く新鮮な海産物が手に入りにくい京都では、昔から鮎や鰻などの淡水魚を素材として大切に料理に使ってきた歴史がある(だから京都には鰻屋さんや川魚店も多い)。ところで、僕らも大好きな鴨川は、流れの清らかさゆえに川魚の宝庫だってことをご存じだろうか。その鴨川で漁を行い、獲った川魚を提供する京都で唯一のお店が四条木屋町の『喜幸』だ。
注文が入ったら生簀からひょいっと。
夜は着物に割烹着で店を切り盛りする女将さんは、朝にはフィッシングベストにサングラス姿で四条大橋のたもとに網を打つ。春にはアマゴの稚魚のハルコや、ホンモロコ。夏は鮎。四季折々の川魚はカウンター横の生簀で泳ぎ、注文が入ってから取り出して料理する。秋の名物は小魚のハエを使った唐揚げ。川面で群れを作って泳ぐ様を再現した盛り付けはこれぞ京都な風流さだが、これも生け捕りでなければこのようには揚がらないそうだ。ほろ苦く優しい甘味のあるハエを肴に熱燗を一杯。これが大人ってやつだろうか。
四条木屋町
喜幸
読み方は「きこう」だが、地元の人は親しみを込めて「きいこ」と呼ぶ。暖簾の向こうには白木のカウンターに割烹着姿の女将さん。その風情にどうしたって気分は高まる。もともとお店を始めたのは女将の浅井喜美代さんのお父さんで、魚の獲り方も小さいときから一緒に鴨川に出て教わったそう。その昔は鴨川にかかる橋ごとに漁場があったというが、今も漁を続けるのは『喜幸』一軒。「最近は護岸工事で魚も少なくなってしまったんです」と寂しそうに女将さん。お父さんの実家は斜め隣にある豆腐店の『近喜』で、だから豆腐料理はもうひとつの名物。湯葉を濾さずに作る濃厚な青豆豆腐は、選べるお突き出しの一番人気だ。
◯下京区西木屋町通四条下ル船頭町202 ☎︎075·351·7856 17:00〜22:00 月・火休