カルチャー
恋人たちの橋
文・福冨渉(全4回)
2022年11月10日
photo & text: Sho Fukutomi
edit: Yu Kokubu
「タイ」をテーマにと依頼をいただいたのだが、コロナがあったし、並行して、いまやふたりあわせて4歳の怪獣たちが爆誕したりもして、まるっと3年渡航できていない。なのでいまはどうしても日本で想うタイ日記、みたいな語りになってしまいそうだ。
先日、クリス(ピーラワット・シェーンポーティラット)さんと、シントー(プラーチャヤー・レァーンロード)さんというタイの俳優さんがそれぞれ出演する来日イベントで、続けて通訳に入らせてもらった。
ナイスな人柄にすっかり当てられて、流し見していたふたりの代表作『SOTUS』というBLドラマをしっかり見直している。過酷な試練が与えられることで悪名高いタイの大学の新入生歓迎行事を経て、仲を深めていく後輩と先輩の物語だ。
ネタバレになるので詳しくは書かないが、終盤、主人公ふたりの関係が大きく進展するシーンが、ラーマ8世橋という橋で撮影されている。
チャオプラヤー川をまたぐ長大で荘厳な斜張橋。夜にはライトアップもされる。近くには公園もあって、橋の上でも下でも恋人たちがイチャこいている。欄干には無数の恋文(というか落書き)。いろんなドラマや映画のロケーションにもなっていて、ちょっとした「聖地」みたいなところだ。
しかしそもそもラーマ8世といえば、戦後タイのあり方を決定づけた政治的大事件の犠牲者であり、その死の謎はいまだ解明されていない人物だ(もろもろの理由から、ここではこれ以上書けないけれど)。
この橋を建造した、弟で前王のラーマ9世の目的は交通状況の改善にあった(とされている)とはいえ、ラーマ8世の名前が冠されている限り、どうにも「死の匂い」みたいなものがまとわりつく。
たとえばタイの作家ウティット・ヘーマムーンが2017年に発表した『プラータナー』という長篇小説。クライマックスの場面では、この橋を舞台にした喪失が起こる。主人公は大切なひとを失い、タイ社会も大きな存在を失う。実際、この橋が現場になった、恋人たちの心中事件なんかも起こっている。
そんなわけで、ラーマ8世橋に対しては、いまいち、華やかでキラキラしたイメージを抱くことができない(『SOTUS』の件のシーンは確かに最高キュンキュンするわけだが)。
ただ別にこれは「恋愛ドラマに浮かれやがって、もっときちんとタイ社会の文脈を理解しろ」みたいな話ではない。
世界にはいろんなレイヤーが存在するけれど、いつもそのすべてに気持ちを向けていようとしたら、ぼくたちの神経は焼き切れてしまう。そのときどきで興味を持てるレイヤーにアクセスすればよいはずだ。そういうときのために、ぼくたちはいろんなものを見たり、読んだり、あるいは現地に行ったりする。
というわけで最近は、早いところバンコクに行って、聖地巡礼しながら、欄干の新しい落書きをニヤニヤ探したいなあなどと思っている。
プロフィール
福冨渉
ふくとみ・しょう|1986年、東京都生まれ。タイ文学研究者、タイ語翻訳・通訳者。青山学院大学、神田外語大学で非常勤講師。著書に『タイ現代文学覚書』(風響社)、訳書にプラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』(ゲンロン)、ウティット・ヘーマムーン『プラータナー』(河出書房新社)など。
Official Website
https://www.shofukutomi.info/
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