ライフスタイル
【#4】 他愛のない話
2022年11月5日
text: Sakura Komaki
edit: Yukako Kazuno
“他愛のない”という言葉の“他愛”という漢字は、当て字なのだという。とりとめもないこと、取るに足らないこと、さして重要でないこと。今回が最後のタウントークとなるわけだが、そんな“他愛のない話”をしようと思う。
私は晴れ女である。
そう決めている。言い続ければ事実になる。言葉は言霊。今までも、美しい夕景、晴れやかな青空、輝く朝日など天候を味方につけてきた。かの“天気の子”に、もしかして天気の子ですかと言われたことも、あったような、なかったような。
しかし。

クランクアップを迎えるその日、晴れ女は歴史的大敗を喫した。三浦海岸に衝撃的なピンポイント豪雨を呼び寄せ、撮影は中止。撤収中には周りが見えなくなるほどの土砂降りとなり、当初20日間で終わるはずだったロケは、幻の21日目を迎えることとなった。
翌日。台風かとすら思った昨日の荒波は嘘のように、穏やかで美しい海が目の前に広がる。ラストシーンを頭から、ひとつひとつこぼさぬように撮っていった。21日目の太陽は誰よりも元気で、夏の陽炎を見事に生み出してくれる。なんなら文句の一つでも言ってやろうかと思うくらいだったが、昨日の今日で怖くて辞めた。灼熱の砂浜で熱い熱いと飛び跳ねながら、スタッフに笑われ現場へ向かう。ヒリヒリと痛む足の裏も含めてこれが正真正銘の最後なのだと、万感の思いが込み上げていた。

ーーしかしどうしたことか。
この日みんなと話したことは、どんな些細なことでもきっと憶えておこうと思っていたはずなのに、なんだかすっかり思い出せないのだ。そう。その日の撮影助手の鼻歌くらいしか思い出せない。いや、それすら何の曲だったのか思い出せない。否、多分もともと知らない。
今までもそうだった。
このドラマに限らず、10年を越える撮影の日々の中で、忘れないようにしようと思った愛しい無駄こそ、なぜか断片的だ。誰かのケラケラ笑っていた横顔や、楽しそうな後ろ姿ばかりが浮かぶ。でも多分、それでいい。きっとその曖昧な記憶が、この先の長い階段を駆け上がっていく糧になる気がするのだ。
1932年、“孤独なくしては、なにも成し遂げられない”とパブロ・ピカソが言ったように、物作りは一人ぼっちだ。総合芸術でも、チームプレーであったとしても。巨大な何かと対峙して、自分や人と戦って、たくさん傷ついて、たくさん涙する。でも、そんな偉人たちにもきっと、取るに足らない愛しい時間があったはずだ。

きっとどうでもいいことは、どうでもいいことのままで。話していた大半のことは忘れてしまったのだとしても、ただとりとめもないことに笑って過ごした時間そのものが、何にも代え難いものなんだと思う。朝ごはんのおにぎりの具で一喜一憂。カレーは甘口でいいじゃない。砂肝を串から抜いて飛ばしたら、笑ってしまえばそれでいい。絵の具がズボンについたなら、気を取り直して洗えばいい。ロケハン先に風車は禁止。たまには大好きな本を読んで気分を変えて。悔しいことがあったなら、言いたいこと言ってハラミだけ頬張ればいい。
あぁ、なんだかんだ憶えているじゃないか。

まったく取るに足らないことばかりだ。
けれど他でもない、愛しい話ばかりである。
プロフィール
小牧桜
こまき・さくら | 1989年4月14日、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒業。TBSテレビコンテンツ制作局ドラマ制作部所属。TBS系ドラマ『この恋あたためますか』『リコカツ』『持続可能な恋ですか?〜父と娘の結婚行進曲〜』などの演出を手掛ける。現在火曜深夜放送のドラマストリーム『階段下のゴッホ』で、演出(全8話)とプロデュースを担当している。
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